皆が安全でなければ
前回、この欄でみなさんにお会いしてからまだ3か月なのに、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で、世界は全く異なるところになってしまいました。みなさんの周りでも、外出や登校ができないなど、以前は想像もできなかったことがたくさん起きていると思います。
私のいるアメリカのニューヨーク市では、3月末に感染者が急増し始め、国連職員も自宅で仕事をするようになりました。4月の最も大変な時期には、市内の死者は毎日800人近く。私の友人や同僚にも感染したり、家族を亡くしたりした人がいます。ようやく死者が毎日100人以下になってきました。私はこの危機の中、家族といられることに感謝し、感染して闘病する人たち、命を救うために奮闘する医療関係者、社会や生活を支えるエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちのことを思い、「連帯」という言葉の重みを考えながら暮らしています。
2年前に亡くなった私の父は「誰でも一生のうち一度は本当に大変な危機を経験するものだ」と言っていました。父にとっては第二次世界大戦がそうだったわけですが、コロナ危機は、私やみなさんの人生にとってのその時だと思います。
人類の歴史も、パンデミックによって影響を受けてきました。14世紀のペスト、16世紀の天然痘、19世紀から20世紀のコレラ、そして1918年のスペイン風邪(インフルエンザ)など。歴史が大きく動いた背景には、パンデミックがあったと言われるほどです。
分かれ道にいる
国連はコロナ危機を乗り越えるための活動を続けています。今後感染拡大が心配される途上国のコロナ対策を援助したり、危機に対応できるよう政策を提言したり……。コロナ危機は公衆衛生や医療だけでなく、経済、社会、人権、地球環境などあらゆる分野に影響があるので、政策提言も多岐にわたります。
同時に、私たちは「コロナ後」の復興をどうすべきか、その途上で国連が果たすべき役割とは何かを幹部会で議論し始めています。先日、その議論に参加してくれた世界的な歴史学者、ユバル・ノア・ハラリさんの言葉が強く印象に残っています。「コロナ後の世界がどのようなものになるのかは誰にもわからない。わかっているのは、世界のあり方が、私たちの現在と向こう数か月の行動にかかっている、ということだ。私たちは歴史上の分岐点(分かれ道)にいるのだろう」
コロナ危機で私たちは、世界がいかに「つながっている」か、そして実はいかにもろかったのか目の当たりにすることになりました。私たちが本当に歴史の分岐点にいるとしたら、危機をきっかけに、復興後の世界をより良いものにしなければなりません。最も生活に困る人たちに配慮しながら経済を再開し、格差を解消し、新しい働き方や教育の可能性を広げる。行政サービスの効率化にもなるデジタル化も急がなくてはなりません。そして地球温暖化を悪化させない経済復興でなければなりません。温暖化によって氷河や凍土が解けることで、未知のウイルスやばい菌が出現すると科学者は警告しています。
「ありがとう」を
私たちは、そしてみなさんは、今何をすべきでしょうか。父は「危機の時こそ、その人の人格が見える」と言いました。大変な時ほど、冷静に寛容に、周りの人に配慮し、謙虚に学び行動しましょう。ウイルスは正しくおそれ、人には思いやりを持ち、「ありがとう」と言いましょう。将来、みなさんが大人になってコロナ危機のことを思い出す時に、誇れるように。私は今、とても大切なことを学ぶ機会だと思っています。
京都大学の山中伸弥教授は、コロナとの闘いは「長いマラソン」のようなものだ、とおっしゃっています。このマラソンを、みんなで助け合って走り抜きたいです。
感染症との闘いほど、社会を構成する全ての人、そして国境を超えた団結と連帯が必要なものはありません。取り残された人がコミュニティーの中にいる限り、そして世界のどこかにいる限り、ウイルスはまた戻ってくるでしょう。皆が安全でなければ、誰も安全ではないのです。
中満泉さん[国連事務次長]
1963年生まれ。アメリカの大学院を経て89年に国連入り。難民保護や国連平和維持活動、核兵器禁止条約の採択などのために働いてきた。著書に児童書「危機の現場に立つ」など。