「私は最初の女性副大統領かもしれませんが、最後ではありません。なぜなら全ての少女たちが今夜の光景を見て、この国は可能性の国だと理解するでしょうから」
アメリカ初の女性副大統領、初の黒人副大統領になるカマラ・ハリスさんが11月7日、大統領選挙後の勝利宣言演説でこう述べました。私の2人の娘もそうですが、演説を見ていた若い女性たちの中には、大きな希望を感じた人が多かったと思います。ハリスさんは「ガラスの天井」(さまざまな差別によって、女性の昇進には目に見えない天井がある、という例え)を打ち破ったのです。
ハリスさんは、インド出身で科学者の母と、ジャマイカ出身の経済学者の父を持つ、移民2世。幼い時からヒンズー教など、多様な文化の中で育ったそうです。黒人中心の名門大学、ハワード大学や、カリフォルニア大学で学び、カリフォルニア州の司法長官時代は、若い犯罪者がやり直すためのプログラムに力を尽くしました。スニーカーを履いて活動する彼女は、典型的な「政治家」のイメージも打ち破る人です。
彼女の演説で私がもう一つ注目したのは、アメリカ公民権運動(アフリカ系アメリカ人への差別をなくそうという、1960年代の運動)の指導者、ジョン・ルイス下院議員の言葉「民主主義は状態ではなく行動である」を引用したことです。民主主義は制度によって自動的に保障されているものではなく、皆でそれを守るために闘わなければいけないということ。ハリスさんは、その闘いに参加する市民がいてこそ、より良い未来をつくれると強調しました。
新型コロナウイルスの流行で、2020年は世界にもアメリカにも本当に困難な年になりました。しかし考えてみれば、アメリカの苦難はしばらく前に始まっていました。
アメリカの苦しみ
経済が国境を超えて動くグローバル化が進み、以前はアメリカの人々の生活を支えていた多くの産業が、安い労働力を求めて海外に工場などを移しました。その結果、アメリカでは失業が増え、多くの人々が生活に困ることになりました。技術革新によるIT産業の発展や、金融市場の活性化などは恩恵をもたらす一方、格差を広げ、恩恵から取り残されたと感じる人々が増えていたのです。そうした人々は怒りも感じています。経済や教育の格差、都市と地方の格差、人種差別や宗教による対立などが絡み合い、偏見と怒りを生んで、アメリカは社会の分断と対立に苦しんでいます。ただ、これはアメリカに限ったことではないようです。日本でも、私が大嫌いな「勝ち組」「負け組」などの区別があったり、先日もホームレスの女性が、路上で殴り殺される事件が起きたりしています。
声をかけ、対話を
ともすれば絶望しそうな状況ですが、私が伝えたいのは、私たちは悪意や怒りのエネルギーによってではなく、善意と希望と理想をエネルギーとして世界を変えなければならないということです。対立ではなく、結束と団結で課題に取り組むべきだということです。世界の歴史を振り返れば、大きな不正義への怒りが社会のうねりとなり、暴力を伴う革命のような社会変革につながったことが幾度かありました。コロナ禍によって世界が歴史上の分かれ道にある今、お互いに歩み寄り、理解と思いやりを持って変革を進める、もしかすると最後のチャンスが来ているのかもしれないと、私は思っています。
私の「希望」は何かって? みなさんです。世界の出来事に興味をもち、自分に何ができるかを考えてくれるみなさん。身の回りのおかしいと思うことに声を上げることが、ハリスさんのいう「より良い未来をつくるための闘い」に参加することです。女性の活躍の機会では、日本は「ガラスの天井」どころか「鋼鉄の天井」があるように見えますが、鉄をも溶かす熱い情熱で取り組みましょう。困っている人に声をかけてみましょう。反対意見の人とこそ対話をして、理解するよう努力し、どうすれば歩み寄れるのかを考えてみましょう。きっと大丈夫、と私は希望を持っています。
中満泉さん[国連事務次長]
1963年生まれ。アメリカの大学院を経て89年に国連入り。難民保護や国連平和維持活動、核兵器禁止条約の採択などのために働いてきた。著書に児童書「危機の現場に立つ」など。