インタビューに答える作家の池澤夏樹さん=東京都千代田区で2020年10月19日、玉城達郎撮影
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作家の池澤夏樹さん(75)は、東日本大震災の被災地を訪ね、考えたことをエッセーや小説の形にして表現してきました。池澤さんに、震災の影響や歴史から学ぶべきことについて聞きました。
震災から、もうすぐ10年ですね。被災者はそれぞれ傷を負い、時間とともにいえるとはいえないけれど、直撃の痛みはなくなっていき、亡くした人を何度も思い返すことで、自分たちをなぐさめながら生きてきたように思います。被災地によく通いました。現地でできた友人たちは生活が安定した人もいれば、交流するうちに亡くなった人もいる。それが歳月というものです。では、この10年弱で社会は変わったのでしょうか。
震災で、私たちは生活の土台というものが実は不安定なものだと思い知らされました。今の新型コロナウイルスも同じ。「足をすくわれる」という感覚を学んだはずです。最悪を想定しても、それを超えるものがある。そうした覚悟というか、認識を持っていなければいけません。
被災地へ修学旅行を
震災の記憶がない若い皆さんには、被災地への修学旅行を提案しています。例えば、津波にのまれた仙台空港から宮城に入り、多くの人命が救われた仙台市内の震災遺構・荒浜小で、屋上まで走る避難訓練をしてみる。そうして災害とは具体的にどういうものか、身をもって考える。
先生や教育行政の人たちには、児童と教職員84人が亡くなった大川小に足を運んでほしい。事前の備えを怠ることはもちろん、現場で判断するリスクを恐れる教育システムであってはならず、自分たちに置き換え、想像してほしいのです。
自然の中で生きていれば、災害は必ず来ます。天災は避けられないが、人災はなくせる。震災の教訓を全部生かして備えることが、未来に対する義務です。
災害の多い島国
歴史を見れば、日本はヨーロッパのように外国から攻められることはあまりないが、自然災害が多い。そうした島国としての歴史認識を持っていた方がいい。それが私たちの生きる条件で、それを踏まえ未来図を描かなければならない。遠くを見る望遠レンズと、近くを見渡す広角レンズの両方が必要です。
大規模な災害が増え、自然が私たちに自然の脅威を「思い出せ」と言ってくれている気がします。その声にどう応じるか。
伝えたいのは「備えて、忘れていなさい」ということ。災害を想像して準備するが、毎日おびえる必要はない。普通に暮らしていればいいのです。(談)
プロフィル
1945年、北海道生まれ。88年に「スティル・ライフ」で芥川賞を受賞。東日本大震災に関する著書に「春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと」や、震災が題材の小説「双頭の船」などがあります。「南の島のティオ」など、子ども向けの小説も手がけています。