東日本大震災10年

「あの日」に学ぶ 理科/上(その1) 津波は海以外からも

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
イラスト・にしむらかえ
イラスト・にしむらかえ

 東日本大震災ひがしにほんだいしんさいから身近みぢか防災ぼうさいかんがえる「『あの』にまなぶ」のだいかいは「理科りか」<じょう>「地球ちきゅうきるわたしたち」です。災害さいがい自然現象しぜんげんしょう社会しゃかいよわ部分ぶぶんむすびついたときおおきな被害ひがいをもたらします。津波つなみながかたなどをまなびながら、地球ちきゅう仲良なかよらす防災ぼうさいかんがえます。【百武ひゃくたけ信幸のぶゆき

 「天災てんさいわすれたころにやってくる」。いまから100ねんまえ時代じだいきた物理学者ぶつりがくしゃ寺田寅彦てらだとらひこ(1878~1935ねん)がかたったとつたえられる言葉ことばです。その寺田てらだはこんな警告けいこくのこしました。文明ぶんめい発達はったつし、堤防ていぼうたか建物たてものといった「天然てんねん反抗はんこうする人間にんげん細工さいく」によって自然しぜん征服せいふくしたつもりでいると、自然しぜん突然とつぜんおりやぶった猛獣もうじゅう大群たいぐんのように」あばし、むしろ「細工さいく」によって災害さいがいはよりおおきくなる――。

 東日本大震災ひがしにほんだいしんさいでは、科学技術かがくぎじゅつすすんだ現代げんだいだからこそけるべきふたつの特徴とくちょうてき津波つなみがありました。

 ひとつはかわをさかのぼる「河川かせん津波つなみ」です。ながさ249キロメートルの北上川きたかみがわ河口かこうからやく50キロメートルさかのぼり、途中とちゅうよわ部分ぶぶんであふれて被害ひがいひろがりました。河口かこうからやく4キロメートルの場所ばしょにあった宮城県みやぎけん石巻市立大川小学校いしのまきしりつおおかわしょうがっこうでは、津波つなみ逆流ぎゃくりゅうし、学校がっこうのすぐそばにあるはしであふれ、児童じどう教職員きょうしょくいん84にんをふくむおおくの住民じゅうみん犠牲ぎせいとなりました。

行動こうどういのちまも

 もうひとつは「都市型としがた津波つなみ」の被害ひがいです。うみかわからあふれた津波つなみ街中まちなかはいると、ビルやいえあいだみちさがすようにながれ、合流ごうりゅうしていきおいをし、避難ひなんするひとにとっておもいもよらぬ場所ばしょからおそってきます。宮城県多賀城市みやぎけんたがじょうしでは、うみかわからあふれたなみ道路どうろながみ、ひとくるまながされておおきな被害ひがいになりました。

 津波つなみくわしい東北とうほく大学災害だいがくさいがい科学かがく国際こくさい研究所けんきゅうじょ今村いまむら文彦ふみひこ所長しょちょうは、まわりの地形ちけいって「複数ふくすう避難場所ひなんばしょ用意よういすること」や「くるまでの避難ひなんけること」をすすめます。そして「知識ちしきまなび、地震じしんあと沿岸えんがんかわちかづかず、いちはや避難ひなんするといった『判断はんだん行動こうどう』にむすびつけることがいのちまもる」とびかけています。<イラスト・にしむらかえ>=2めんにつづく

あわせて読みたい