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江戸東京見本帳

江戸時代からのものづくりの技と伝統を、記者が老舗の工房を訪ねて紹介します。組紐、ガラス細工、紅など……驚きの世界です。

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江戸東京見本帳

刃物 うぶけや 愛用の道具、いつまでも

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刃物(はもの)の種類(しゅるい)もさまざま。水(みず)をかけながら砥石(といし)で研(と)ぎます
刃物(はもの)の種類(しゅるい)もさまざま。水(みず)をかけながら砥石(といし)で研(と)ぎます

 とうきょう中心部ちゅうしんぶ日本橋にほんばし一角いっかくに「人形町にんぎょうちょう」というまちがあります。いま雑多ざったなオフィスがいですが、江戸時代えどじだいにはこの周辺しゅうへん歌舞伎かぶき人形浄瑠璃にんぎょうじょうるりなどの小屋こやあつまり、名前なまえとおり、人形遣にんぎょうづかいや人形にんぎょう職人しょくにんなどがおおんでいました。「うぶけや」はそんな歴史れきしのたたずまいがのこ刃物はものてんです。

 創業そうぎょう江戸時代えどじだい後期こうきの1783(天明てんめい3)ねん大坂おおさかいま大阪おおさか)。手先てさき器用きようだった刃物はもの職人しょくにん(喜)すけ」が包丁ほうちょうやかみそりなど、刃物はもの全般ぜんぱんあつかみせひらきました。「産毛うぶげでもそれる、れる、ける」という評判ひょうばんが、みせになりました。

うぶけや8代(だい)の矢崎(やざき)豊(ゆたか)さん(右(みぎ))と9代(だい)・大貴(たいき)さん 拡大
うぶけや8代(だい)の矢崎(やざき)豊(ゆたか)さん(右(みぎ))と9代(だい)・大貴(たいき)さん

 ◆種類しゅるいいろいろ

 3代目だいめのころに、だい消費しょうひとなった江戸えどうつってきました。現在げんざいは8だい矢崎やざきゆたかさん(68)と息子むすこで9だい大貴たいきさん(32)を中心ちゅうしんに、家族かぞく老舗しにせ看板かんばんまもっています。「販売はんばいだけでなく、メンテナンスもする。職人しょくにんであり、商人しょうにんという意味いみで『しょく商人しょうにん』です」とゆたかさんはいます。

研磨(けんま)する前(まえ)の包丁(ほうちょう)。各地(かくち)の刃物(はもの)製造(せいぞう)所(しょ)から届(とど)いたときは柄(え)もまだありません。研(と)いで刃(は)をつけ「刃物(はもの)」になります 拡大
研磨(けんま)する前(まえ)の包丁(ほうちょう)。各地(かくち)の刃物(はもの)製造(せいぞう)所(しょ)から届(とど)いたときは柄(え)もまだありません。研(と)いで刃(は)をつけ「刃物(はもの)」になります

 岐阜県ぎふけん兵庫県ひょうごけん新潟県にいがたけんなど全国各地ぜんこくかくちにある工場こうじょうつくられた刃物はものは、矢崎やざきさん親子おやこによる「け」や「ぎ」をて、うぶけやの店頭てんとうならびます。みせおくには、おおきな研磨けんまと、仕上しあげに使つか砥石といしかれた作業場さぎょうばがあって、ここが「しょく商人しょうにん」のみせであることがかります。

 うぶけやであつかっている商品しょうひんは、おおきくけると(1)はさみ(2)包丁ほうちょう(3)毛抜けぬき(4)その道具どうぐるいよっつ。はさみだけでも▽ち(ぬのよう)▽紙切かみきり(かみよう)▽キッチン(調理ちょうりよう)▽はな生花せいかよう)――と用途ようとべつにあり、さらに「にぎり」のように、つくりのちがうものもあります。道具どうぐるいには「し(小刀こがたな)」や「ナイフ」「爪切つめきり」などがあり、わせると300種類しゅるい以上いじょうにもなります。

花(はな)ばさみや園芸(えんげい)用(よう)など、はさみがずらり。使(つか)い道(みち)や大(おお)きさもさまざまです 拡大
花(はな)ばさみや園芸(えんげい)用(よう)など、はさみがずらり。使(つか)い道(みち)や大(おお)きさもさまざまです

 ◆武器ぶきから道具どうぐ

 これほど多様たよう刃物はもの文化ぶんか江戸時代えどじだい花開はなひらいたのはなぜでしょうか。戦国せんごくわって日本にっぽん平和へいわ時代じだいになりました。刀剣とうけんなどの武器ぶき製造せいぞう一方いっぽうしょく服飾ふくしょくなどの文化ぶんかひろがり、料理りょうり裁縫さいほう植木うえきなど、実用じつよう趣味しゅみ側面そくめんから刃物はもの需要じゅようえてきました。おおくの武器ぶき職人しょくにんたちは、武器ぶきかららしの道具どうぐづくりへと仕事しごと内容ないようわっていったのです。世界せかいでもるいないほどゆたかな刃物はもの文化ぶんかそだった背景はいけいには、時代じだい変化へんかおおきく影響えいきょうしていたのです。

電動回転(でんどうかいてん)砥(と)石(いし)で研(と)いだ包丁(ほうちょう)の状態(じょうたい)を見(み)る「うぶけや」の矢崎(やざき)豊(ゆたか)さん 拡大
電動回転(でんどうかいてん)砥(と)石(いし)で研(と)いだ包丁(ほうちょう)の状態(じょうたい)を見(み)る「うぶけや」の矢崎(やざき)豊(ゆたか)さん

 ◆使つかってこそ道具どうぐ

 おはなしいているあいだにも「いでもらえますか」というおきゃくさんがやってきました。道具どうぐをメンテナンスしながら大切たいせつ使つかう、ていねいならしぶりがうかがえます。使つかううちに、あじちたり、けたりすればぐ、かみわせがわるくなったら調整ちょうせいする。そうした手間てまひとひとつが、ただの道具どうぐ愛用あいようへとそだてていきます。

 きんねん家族かぞく人数にんずうり、生活せいかつスタイルは変化へんかしました。料理りょうりする回数かいすうや、裁縫さいほう植木うえきなどをそだてたりする習慣しゅうかんすくなくなり、刃物はもの簡単かんたんえができる安価あんか商品しょうひん流通りゅうつうしています。

 「あくまでも道具どうぐですから、どんどん使つかっていただくことが一番いちばんわたしたちの仕事しごとは、おきゃくさまに愛用あいようしていただける道具どうぐを、おとどけすることです」とゆたかさん。15ねんや20ねん使つかえるうぶけやの品質ひんしつは、しょく商人しょうにんて、使つかひとたくされます。

店内(てんない)の壁(かべ)にある「打(うち)刃物(はもの)司(つかさ)」の額(がく)は、明治(めいじ)から大正(たいしょう)にかけて活躍(かつやく)した書家(しょか)・丹羽海鶴(にわかいかく)の作(さく)。豊(ゆたか)さんの祖父(そふ)の時代(じだい)には、芸術家(げいじゅつか)を支援(しえん)していたこともあり、書家(しょか)が一筆(いっぴつ)書(か)いてお金(かね)の代(か)わりに置(お)いていくこともあったそうです 拡大
店内(てんない)の壁(かべ)にある「打(うち)刃物(はもの)司(つかさ)」の額(がく)は、明治(めいじ)から大正(たいしょう)にかけて活躍(かつやく)した書家(しょか)・丹羽海鶴(にわかいかく)の作(さく)。豊(ゆたか)さんの祖父(そふ)の時代(じだい)には、芸術家(げいじゅつか)を支援(しえん)していたこともあり、書家(しょか)が一筆(いっぴつ)書(か)いてお金(かね)の代(か)わりに置(お)いていくこともあったそうです

 ◆親子おやこ一緒いっしょ

 さくねんからつづ新型しんがたコロナウイルスによる自粛じしゅく生活せいかつで、おもわぬ変化へんかしているそうです。「親子おやこいえにいる時間じかんながくなったからでしょうか。家庭かてい刃物はものせっする時間じかんができて、おや小刀こがたな使つかかたおしえたり、一緒いっしょ料理りょうりをしたり。刃物はものいにられるかたえています。これも時代じだい変化へんかですね」

 時代じだい変化へんか商売しょうばい影響えいきょうあたえる。この鉄則てっそくは、いつのわらないようです。【ぶんもり忠彦ただひこ写真しゃしん内藤ないとう絵美えみ


 ●ひごのかみ

 「ひごのかみ」とばれる、りたたみがたのポケットナイフがあります。なぜ「肥後守ひごのかみ熊本くまもと領主りょうしゅのこと)」と名付なづけられたのかは諸説しょせつあるようですが、明治時代めいじじだいになって刃物はもの産業さんぎょうさかんな兵庫県三木市ひょうごけんみきし誕生たんじょう戦後せんごになってだい流行りゅうこうしました。最近さいきん学校がっこうへの刃物はものみが制限せいげんされていますが、カッターや鉛筆削えんぴつけずりもない時代じだいたけトンボをつくったり、鉛筆えんぴつけずったりと、必須ひっす文房具ぶんぼうぐでした。うぶけやでも3300えん販売はんばいしています。

食用(しょくよう)ばさみ。全長(ぜんちょう)12㌢㍍と小(こ)ぶり。お皿(さら)の上(うえ)で使(つか)いやすい大(おお)きさです 拡大
食用(しょくよう)ばさみ。全長(ぜんちょう)12㌢㍍と小(こ)ぶり。お皿(さら)の上(うえ)で使(つか)いやすい大(おお)きさです

 ◆「食用しょくようばさみ」にあらたな使つかみち

 最近さいきんあらためて注目ちゅうもくされているのが「食用しょくようばさみ」です。小型こがたのはさみで、刃先はさきまるみがあります。和食わしょく普通ふつう、おはしだけでべますが、にくさかなちいさくるのはちょっと大変たいへんです。べやすいようにおかずをるために、もと芸者げいしゃたちがお座敷ざしき愛用あいようしていたそうですが、いま家庭かていでも、離乳食りにゅうしょく介護食かいごしょくのサポートに使つかうことがえてきたそうです。

右(みぎ)は握(にぎ)りばさみ、左(ひだり)は洋(よう)ばさみ。和裁(わさい)では、糸(いと)を切(き)るのにはさみを使(つか)い、布(ぬの)は包丁(ほうちょう)のような刃物(はもの)で切(き)るか裂(さ)いていたそうです 拡大
右(みぎ)は握(にぎ)りばさみ、左(ひだり)は洋(よう)ばさみ。和裁(わさい)では、糸(いと)を切(き)るのにはさみを使(つか)い、布(ぬの)は包丁(ほうちょう)のような刃物(はもの)で切(き)るか裂(さ)いていたそうです

 ◆Uがたにぎりばさみ

 現在げんざい「はさみ」というと、2まいがXのかたち交差こうさする「ちばさみ」や「紙切かみきりばさみ」が一般いっぱんですが、日本にっぽんでは古来こらい、U字形じがたの「にぎりばさみ」が主流しゅりゅうでした。Xがた植木うえきよう大型おおがたのものや、ばなの「はなばさみ」くらいでした。うぶけやでは明治めいじ初期しょき外国人居留地がいこくじんきょりゅうちひと依頼いらいはじめて現在げんざいちばさみ(ようばさみ)をつくったとされています。西洋文化せいようぶんかひろがるなかで、Xがた主流しゅりゅうになりました。

島根県(しまねけん)奥(おく)出雲(いずも)町(ちょう)の日刀保(にっとうほ)たたら 拡大
島根県(しまねけん)奥(おく)出雲(いずも)町(ちょう)の日刀保(にっとうほ)たたら

 ●砂鉄さてつからかたな

 日本にっぽんにも古代こだいからてつ歴史れきしがあります。砂鉄さてつからてつつく製法せいほう「たたら」は、現在げんざいでは唯一ゆいいつ出雲いずも地方ちほう島根県しまねけん)にのこっています。砂鉄さてつからつくる「玉鋼たまはがね」は、加工かこう鍛錬たんれん)するととてもかたくなります。武士ぶしになって刀剣とうけん需要じゅよう急増きゅうぞうします。日本刀にほんとうは、内部ないぶにはやわらかいてつを、外側そとがわにはかた玉鋼たまはがね複合ふくごうてき使つかうのが特徴とくちょうです。あじするどいものの、柔軟性じゅうなんせいもあってれにくい日本刀にほんとうができがります。

「うぶけや」 拡大
「うぶけや」

 ●「うぶけや」

 東京都中央区日本橋人形町とうきょうとちゅうおうくにほんばしにんぎょうちょう3の9の2

https://www.ubukeya.com/

 日本橋堀留町にほんばしほりどめちょうから人形町にんぎょうちょうみせうつったのは明治維新めいじいしんのころ。現在げんざいみせは1975(昭和しょうわ50)ねん改築かいちくしましたが、外観がいかん昭和初期しょうわしょき写真しゃしんどおりに再現さいげんされ、内部ないぶ天井てんじょう戸棚とだな当時とうじのものを使つかっています。表看板おもてかんばんの「うぶけや」の文字もじは、書家しょか日下部鳴鶴くさかべめいかく門弟もんていにんいちずついたもの。店内てんないはいると江戸時代えどじだいにタイムスリップしたような感覚かんかくに。戸棚とだな一角いっかくにはふる刃物はものるい展示てんじされ、まるでちいさな美術館びじゅつかんのようです。

 協力きょうりょく江戸東京えどとうきょうきらりプロジェクト


 次回じかいの「江戸東京えどとうきょう見本帳みほんちょう」は5がつ25にち一部地域いちぶちいきは26にち)に掲載けいさいします。

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