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窓のむこうは

毎小編集長の木村葉子が執筆するコラムです。毎小という窓を通じて、新たな景色をみなさんと一緒に見ていきたいです。

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夏服の少女たちは… 衣替えの季節になって

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 みなさん、こんにちは。東京とうきょうあつつづいています。半袖はんそでごしているひとおおいでしょう。わたしかよった中学校ちゅうがっこう当時とうじなつ制服せいふくへの衣替ころもがえは6がつついたちまっていました。どんなにあつくても5がつちゅうふゆ制服せいふくで、あせもがたくさんできてしまいました。

 6がつになり、暑苦あつくるしいふゆふくから夏服なつふく衣替ころもがえし、しろなつくつ登校とうこうしたときのすがすがしさは、いまでもわすれられません。76ねんまえ自分じぶん夏服なつふくった女学生じょがくせいたちも、そんな気持きもちだったのでしょう。

 県立けんりつ広島ひろしま第一高等女学校だいいちこうとうじょがっこう現在げんざい広島ひろしま県立けんりつ皆実みなみ高校こうこう)の1ねんせいいた日記にっき一部いちぶをまとめた「ヒロシマ、のこされたきゅうさつ日記帳にっきちょう」(大野おおの允子みつこちょ、ポプラしゃ)には、少女しょうじょらのささやかな日常にちじょうがつづられています。高等女学校こうとうじょがっこういま中高一貫校ちゅうこういっかんこうのような学校がっこうで、1ねんせい中学ちゅうがくねんせいおなどしです。

型紙かたがみから自分じぶん

 日記にっきにはなつ制服せいふく自分じぶんたちでったことがかれています。当時とうじなにもかも物資ぶっしがなく、少女しょうじょたちは、家族かぞく着物きものをほどいたぬのり、自分じぶん型紙かたがみからつくりました。

 大下おおした靖子のぶこさんは「制服せいふくきょねんまでは白色しろいろでしたが、今年ことし白色しろいろではなく国防色こくぼうしょくいめのカーキいろ)かねずみいろのようなきれで、つくるようになりました。敵機てっき来襲らいしゅうときしろいものは目標もくひょうになりやすいので、今年ことし国防色こくぼうしょくかねずみいろにしたそうです」ときました。自分じぶんつくることがうれしく、はやたいとむねおどらせるがいる一方いっぽうで、夜中よなかの12時半じはんまでかかり、「こんなむつかしいことをぬうのは、面白おもしろくないのでしたくない」となげもいました。

しろないまま

 自分じぶんげた夏服なつふくた1ねんせい223にんは、広島ひろしま世界せかいはじめて原子爆弾げんしばくだん投下とうかされた、1945ねんがつむいかあさ建物たてもの疎開そかい作業さぎょう空襲くうしゅうによる火災かさいひろがることをふせぐために、建物たてものこわして空間くうかんをつくる作業さぎょう)のために、爆心地ばくしんちから800メートルしかはなれていない場所ばしょ集合しゅうごう。そのにいた全員ぜんいんくなりました。

 しろ夏服なつふくることができなかった少女しょうじょたち。夏服なつふくについてわたしはははこんなことをっていました。「戦後せんごしろなセーラーふく上級生じょうきゅうせいがまぶしかった」。しろ夏服なつふく平和へいわについてかんがえるきっかけになった一言ひとことでした。また来週らいしゅういしましょう。ごきげんよう。【編集長へんしゅうちょう木村きむら葉子ようこ

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