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江戸東京見本帳

江戸時代からのものづくりの技と伝統を、記者が老舗の工房を訪ねて紹介します。組紐、ガラス細工、紅など……驚きの世界です。

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江戸東京見本帳

江戸風鈴 邪気はらい涼を呼ぶ音

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一(ひと)つ一(ひと)つ手作業(てさぎょう)で作(つく)られる江戸風鈴(えどふうりん)。右端(みぎはし)が伝統(でんとう)の赤(あか)です。松(まつ)の絵柄(えがら)の反対側(はんたいがわ)は宝船(たからぶね)で「宝船(たからぶね)を待(ま)つ」の意味(いみ)になります 拡大
一(ひと)つ一(ひと)つ手作業(てさぎょう)で作(つく)られる江戸風鈴(えどふうりん)。右端(みぎはし)が伝統(でんとう)の赤(あか)です。松(まつ)の絵柄(えがら)の反対側(はんたいがわ)は宝船(たからぶね)で「宝船(たからぶね)を待(ま)つ」の意味(いみ)になります

 なつがやってきました。東京とうきょう今年ことしも、あつつづいています。エアコンや扇風機せんぷうきすず現代げんだいですが、江戸えど庶民しょみん生活せいかつ知恵ちえ心意気こころいきで、あつさをりました。「みず」、夜空よぞらの「花火はなび」、そしてわずかなかぜに「チリン、チリン」とおとたのしむ「風鈴ふうりん」も、いき納涼のうりょうひとつです。

 東京とうきょうひがしはずれ、江戸川えどがわにほどちか住宅地じゅうたくちに、ガラスでできた江戸風鈴えどふうりんつくつづける「篠原しのはら風鈴ふうりん本舗ほんぽ」があります。創業そうぎょうから4代目だいめにあたる篠原しのはらひとたちを中心ちゅうしんに6にん職人しょくにんが、この伝統工芸でんとうこうげいまもっています。

 ●いきみまんまる

るつぼから、溶(と)けたガラスを共竿(ともざお)に巻(ま)き取(と)ります 拡大
るつぼから、溶(と)けたガラスを共竿(ともざお)に巻(ま)き取(と)ります

 おおきながある工房こうぼうでは、このみち25ねんというガラス職人しょくにん濱田好拡はまだよしひろさん(51)が、あせびっしょりになって仕事しごとわれていました。あついのもそのはず、温度おんどは1320にものぼります。なかには「るつぼ」という素焼すやきのつぼがはめこまれていて、けたガラスはねっとりとみずあめのようです。

息(いき)を吹(ふ)き込(こ)み溶(と)けたガラスをまん丸(まる)に膨(ふく)らませる濱田好拡(はまだよしひろ)さん。最初(さいしょ)にピンポン球(だま)ほどの大きさの「口玉(くちだま)」を吹(ふ)き、さらにガラスを足(た)して、風鈴本体(ふうりんほんたい)になる大(おお)きな玉(たま)を吹(ふ)きます 拡大
息(いき)を吹(ふ)き込(こ)み溶(と)けたガラスをまん丸(まる)に膨(ふく)らませる濱田好拡(はまだよしひろ)さん。最初(さいしょ)にピンポン球(だま)ほどの大きさの「口玉(くちだま)」を吹(ふ)き、さらにガラスを足(た)して、風鈴本体(ふうりんほんたい)になる大(おお)きな玉(たま)を吹(ふ)きます

 濱田はまださんがにするのは「とも竿ざお」というながいガラスかんで、ストローのように使つかいます。共竿ともざおさきをるつぼにれると、れたつきでガラスをり、竿さおをくるくるとまわしながらいきんでガラスをふくらませていきます。宙吹ちゅうぶきとよばれるこの技法ぎほうこそ、江戸時代えどじだいから300年間ねんかんわらない江戸風鈴えどふうりんつくかたです。いまでもひとひと手作業てさぎょうつくられています。

 ●ひびきの秘密ひみつ断面だんめん

吹(ふ)いたガラスを共竿(ともざお)から切(き)り離(はな)し、そのまま冷(さ)ましているところ。風鈴(ふうりん)は、ひょうたんのような形(かたち)に膨(ふく)らませます。大(おお)きい膨(ふく)らみの方(ほう)が風鈴本体(ふうりんほんたい)になります。小(ちい)さい方(ほう)は「口玉(くちだま)」といい、ここを切(き)り離(はな)します 拡大
吹(ふ)いたガラスを共竿(ともざお)から切(き)り離(はな)し、そのまま冷(さ)ましているところ。風鈴(ふうりん)は、ひょうたんのような形(かたち)に膨(ふく)らませます。大(おお)きい膨(ふく)らみの方(ほう)が風鈴本体(ふうりんほんたい)になります。小(ちい)さい方(ほう)は「口玉(くちだま)」といい、ここを切(き)り離(はな)します

 ましたガラスだまふちぼうでくるくるなぞると「リリリ」とスズムシのようなおとひびきます。「断面だんめんがギザギザなんです」と濱田はまださん。ひもにつないだ短冊たんざくかぜけ、ぼうふちをなでるだけでもゆたかにひびく、江戸風鈴えどふうりん音色ねいろ秘密ひみつです。

口玉(くちだま)だけを切(き)り離(はな)し、切(き)り口(くち)を砥石(といし)で軽(かる)くこすりますが、断面(だんめん)はギザギザのままです 拡大
口玉(くちだま)だけを切(き)り離(はな)し、切(き)り口(くち)を砥石(といし)で軽(かる)くこすりますが、断面(だんめん)はギザギザのままです

 おなじように、くるくるといくつからしていくと、たかかったりひくかったり、かたおと、やわらかいおと、それぞれ音色ねいろちがいました。「たまおおきさやガラスのあつみなどで、すべて微妙びみょうちがいます」。ひとひとらして、った音色ねいろさがすのも風鈴ふうりんたのしみかたひとつですが、外国人がいこくじん絵柄えがらえらぶのがほとんどなのだそうです。

 ●けは内側うちがわから

絵(え)付(つ)けをする篠原(しのはら)由香利(ゆかり)さん。墨(すみ)で素描(すが)きし、緑(みどり)、青(あお)の順(じゅん)で塗(ぬ)っていきます 拡大
絵(え)付(つ)けをする篠原(しのはら)由香利(ゆかり)さん。墨(すみ)で素描(すが)きし、緑(みどり)、青(あお)の順(じゅん)で塗(ぬ)っていきます

 いたガラスだまは、べつ作業場さぎょうばで「け」がされます。3代目だいめ故人こじん)のつま恵美えみさん(66)と4代目だいめ長女ちょうじょ由香利ゆかりさん(40)、三女さんじょ久奈ひさなさん(36)がこの作業さぎょう中心ちゅうしんです。

 けの特徴とくちょうはガラスだま内側うちがわえがくことです。外側そとがわからただしくえるように、文字もじかがみ文字もじに、かさりは順番じゅんばん大事だいじです。まず、くろ輪郭線りんかくせんすみで「素描すがき」し、つぎあおみどりしろなどをじゅんります。背景はいけい一番いちばん最後さいごです。全体ぜんたい色付いろづけするときは最後さいご一面いちめん、むらなくげます。

 ●よけのあか

 「もともとガラス風鈴ふうりんあか主流しゅりゅうだったんですよ」と恵美えみさん。古来こらい赤色あかいろには「よけ」の効果こうかがあるとされ、風鈴ふうりんは、はやりやまいわるかぜを、おといろはら縁起物えんぎものでした。疫病えきびょう江戸えど庶民しょみんもっとおそれたわざわいのひとつだったことがうかがえます。

 図柄ずがらもまた、縁起えんぎものです。「宝船たからぶねまつ宝船たからぶねつ)」「カブと小判こばん花札はなふだっておかねはいる)」など、江戸えどらしく、しゃれっいっぱいです。一方いっぽうで、すずしげなガラスの透明感とうめいかんかして、朝顔あさがお花火はなび金魚きんぎょなど、なつらしいアイテムをえがいた作品さくひん定番ていばん人気にんきです。

 ●デザインにあらたなかぜ

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 「おとあいされてきた江戸風鈴えどふうりんは、むかしのまま、宙吹ちゅうぶきでしかつくれません。一方いっぽうけは時代じだいによってわってきました」と恵美えみさん。近年きんねんおおくの美術大学びじゅつだいがく連携れんけい若者わかもののデザインをれるなど、あらたなかぜんでいます。

 新型しんがたコロナウイルスの感染拡大かんせんかくだい背景はいけいに、昨年春さくねんはるつくはじめた「アマビエ」のデザインは、人気にんき商品しょうひんになりました。「もともと風鈴ふうりんおと邪気じゃきはらうものですからね。いまあらためて『よけ』という意味いみ見直みなおされているようです」

 すずしげな音色ねいろで、息苦いきぐるしい時代じだいかぜわりますように。とおひびきから、そんなねがいをかんじます。【ぶんもり忠彦ただひこ写真しゃしん宮本みやもと明登あきのり

 ●風鈴ふうりん歴史れきし

篠原風鈴本舗(しのはらふうりんほんぽ)の篠原恵美(しのはらえみ)さん 拡大
篠原風鈴本舗(しのはらふうりんほんぽ)の篠原恵美(しのはらえみ)さん

 風鈴ふうりん原形げんけい古代こだい中国ちゅうごくで、風向かざむきで吉凶きっきょううらなうために使つかった青銅製せいどうせいの「占風鐸せんふうたく」とされます。日本にっぽんへも仏教ぶっきょう伝来でんらいわせて「風鐸ふうたく」が渡来とらいしました。かぜらすおとは「よけ」として使つかわれていました。「風鐸ふうたく」は現在げんざいでも寺社じしゃ四隅よすみかざられています。

 岩手県いわてけん名産品めいさんひん南部鉄器なんぶてっきでできた風鈴ふうりんは「チーン」とおとながひびきますが、ガラスだと「コン」とみじかめです。「そこもせっかちな、江戸えど気質きしつにあったのでは」と恵美えみさん。

 ●体験たいけん教室きょうしつ

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 工房こうぼうでは一般客いっぱんきゃくけに「ガラスき」と「け」の体験たいけん教室きょうしつひらいています。職人しょくにん指導しどうけながら、実際じっさい自分じぶんいた風鈴ふうりんに、きなようにえがきます。取材しゅざいしたも2ふたり女性じょせい挑戦ちょうせん。「まるいガラスの内側うちがわからけるのがむずかしかった」「出来上できあがったとき透明とうめいかんがうれしかった」。例年れいねん地元じもと小学生しょうがくせい授業じゅぎょうおとずれていて、現在げんざい工房こうぼうでガラスきをにな大槻おおつき賢一けんいちさんは、その体験たいけんをきっかけに職人しょくにんになったそうです。

 ●ほおずきいち

 かつて東京とうきょう風鈴ふうりん産業さんぎょうささえたのが、毎年まいとし7がつにある浅草寺せんそうじのほおずきいちです。ほおずきのもたわわなはち一緒いっしょにつるされているのが風鈴ふうりんです。以前いぜんおおくの風鈴屋ふうりんや総出そうでつくっていたそうですが、いまではほとんどが外国製がいこくせいに。一軒いっけん、また一軒いっけん日本にっぽん風鈴屋ふうりんやっていきました。一方いっぽうで「あくまでも主役しゅやくはほおずき。おまけでしかなかった」と恵美えみさん。ひびきのよさや多彩たさい絵柄えがらみがきをかけて、“主役しゅやく”としての江戸風鈴えどふうりんつくつづけています。


篠原風鈴本舗(しのはらふうりんほんぽ) 拡大
篠原風鈴本舗(しのはらふうりんほんぽ)

 ●「篠原しのはら風鈴ふうりん本舗ほんぽ

 東京都江戸川区南篠崎町とうきょうとえどがわくみなみしのざきまち4の22の5

https://www.edofurin.com/

 初代しょだい篠原しのはら又平またへいが1906(明治めいじ39)ねん、15さい風鈴作ふうりんづくりをまなびはじめ、15(大正たいしょう4)ねん東京とうきょう入谷いりや風鈴ふうりん工場こうば開業かいぎょう関東大震災かんとうだいしんさいうつった向島むこうじまて、2代目だいめ儀治よしはるが64(昭和しょうわ39)ねん江戸川区えどがわくへ。このころから「江戸風鈴えどふうりん」のブランドめい使つかっています。


 ウェブサイト「The Mainichi」では、これまでの連載れんさい一部いちぶ英語えいごめます


 次回じかいの「江戸東京えどとうきょう見本帳みほんちょう」は8がつ24一部地域いちぶちいきは25にち)に掲載けいさいします。

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