連載

江戸東京見本帳

江戸時代からのものづくりの技と伝統を、記者が老舗の工房を訪ねて紹介します。組紐、ガラス細工、紅など……驚きの世界です。

連載一覧

江戸東京見本帳

つげぐし 使うほど艶、身も心も整う

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
よのや定番(ていばん)の「とかしぐし」。くし通(どお)りのなめらかさに驚(おどろ)きます。髪(かみ)質(しつ)で歯(は)の細(こま)かさを選(えら)びます 拡大
よのや定番(ていばん)の「とかしぐし」。くし通(どお)りのなめらかさに驚(おどろ)きます。髪(かみ)質(しつ)で歯(は)の細(こま)かさを選(えら)びます

 「おど衣装いしょう」「まつ用品ようひん」「扇子せんす」などの看板かんばんのきつらねる東京とうきょう浅草寺せんそうじ門前もんぜんには、時折ときおり和服わふく姿すがたひとや、観光かんこうよう人力車じんりきしゃけていきます。浅草あさくさ伝法院通でんぼういんどおりにある「よのやくし」は、300ねん以上いじょう伝統でんとうがある、手作てづくりの「つげぐし」の専門店せんもんてんです。作業場さぎょうばねた店内てんないでは、当主とうしゅ斎藤さいとうゆたかさん(40)が、手製てせいのやすりで、くしのをていねいに加工かこうしていました。

かたくてしなやか

向(む)かって左(ひだり)は「歯入(はい)れ」の下(した)加工(かこう)がされた状態(じょうたい)。カンナで角(かど)を削(けず)り、丸(まる)みのある「よのや型(がた)」にします 拡大
向(む)かって左(ひだり)は「歯入(はい)れ」の下(した)加工(かこう)がされた状態(じょうたい)。カンナで角(かど)を削(けず)り、丸(まる)みのある「よのや型(がた)」にします

 古来こらい上質じょうしつのくしには、ツゲの使つかわれてきました。木目きめこまかくてかたいだけでなく、弾力性だんりょくせいもあるのが特長とくちょうです。「れにくいし、かみをとかしてもになりにくい。いわゆるかみのキューティクルにやさしいんですよ」。ながかみをしたつま有都ゆづさん(40)が、説明せつめいしてくれました。

 よのやのくしは、国内こくないさい高品質こうひんしつとされる鹿児島県産かごしまけんさんの「薩摩さつまツゲ」でつくられます。温暖おんだんそだったツゲざいは、けむりでいぶし乾燥かんそうさせ、くしの「歯入はいれ」のした加工かこうほどこします。看板かんばん商品しょうひんの「とかしぐし」では、こまかい「細歯ほそば」ではば5すんやく15センチメートル)には60ぽんほど。その一本いっぽん一本いっぽん手作業てさぎょうでやすりをかけ、ととのえていきます。

あぶらひた数日間すうじつかん

くしの歯(は)の間(あいだ)に手製(てせい)のやすりを入(い)れ一(いっ)本(ぽん)一(いっ)本(ぽん)整(ととの)えます。やすりの役割(やくわり)をしているのは、乾燥(かんそう)させたトクサ(砥草(とくさ))です。ざらざらとしたトクサの茎(くき)を開(ひら)いて、木(き)の棒(ぼう)の縁(ふち)に貼(は)っています 拡大
くしの歯(は)の間(あいだ)に手製(てせい)のやすりを入(い)れ一(いっ)本(ぽん)一(いっ)本(ぽん)整(ととの)えます。やすりの役割(やくわり)をしているのは、乾燥(かんそう)させたトクサ(砥草(とくさ))です。ざらざらとしたトクサの茎(くき)を開(ひら)いて、木(き)の棒(ぼう)の縁(ふち)に貼(は)っています

 「ずり」作業さぎょう手触てざわりもなめらかになったくしは、良質りょうしつのツバキあぶらに3~4日間よっかかんひたします。有都ゆづさんが店内てんないにあるタンスのしをけると、くしがひたるほどのツバキあぶらがなみなみとはいっていました。

形(かたち)が整(ととの)ったくしをツバキ油(あぶら)に浸(ひた)し、染(し)み込(こ)ませます 拡大
形(かたち)が整(ととの)ったくしをツバキ油(あぶら)に浸(ひた)し、染(し)み込(こ)ませます

 「あぶらをしっかりとうことで、くしにつやとうるおいがてきます。なが使つかつづけても、がったり、ったりしないし、やがてあめいろわってきて、これが愛着あいちゃくになってくるんです。使つかつづけるほど、あじわいがでてきますよ」

髪形かみがたわる文化ぶんか

 このみちはいって17ねんになるゆたかさんがねがうのは、ツゲのくしを使つかつづけてきた日本にっぽん文化ぶんか継承けいしょうです。

とかしぐしの背(せ)には、ツゲの年(ねん)輪(りん)が美(うつく)しく波打(なみう)っています 拡大
とかしぐしの背(せ)には、ツゲの年(ねん)輪(りん)が美(うつく)しく波打(なみう)っています

 江戸時代えどじだい女性じょせい日本髪にほんがみ男性だんせいはまげという長髪ちょうはつ文化ぶんか当時とうじかみをセットするのは髪結かみゆいや床山とこやまとよばれる専門せんもん職人しょくにんで、さまざまなくしも、こうしたプロけの道具どうぐだったのです。

 しかし、明治維新めいじいしん社会しゃかい一変いっぺんしました。1871(明治めいじ4)ねんされた「断髪令だんぱつれい」によっておとこかみみじかくなり、またおんなかみ西洋せいようふうたばねるようになりました。さらに昭和しょうわはいってセルロイドなどのプラスチック製品せいひん安価あんか出回でまわるようになると、つげぐしの専門店せんもんてん一気いっき減少げんしょうしていきました。昭和しょうわ20ねんだい(1945~54ねん)、東京とうきょうやく20けんあった専門店せんもんてんいまは2けんだけ。「よのや」も、後継者こうけいしゃえる危機ききをしのいで、現在げんざいつづいています。

日用品にちようひん温故知新おんこちしん

店内(てんない)の一角(いっかく)が斎藤(さいとう)悠(ゆたか)さんの作業場(さぎょうば)です。奥(おく)の壁(かべ)にあるのは、くしの形(かたち)を模(も)した昔(むかし)の看板(かんばん)で「細工(さいく)處(どころ)」と書(か)かれています 拡大
店内(てんない)の一角(いっかく)が斎藤(さいとう)悠(ゆたか)さんの作業場(さぎょうば)です。奥(おく)の壁(かべ)にあるのは、くしの形(かたち)を模(も)した昔(むかし)の看板(かんばん)で「細工(さいく)處(どころ)」と書(か)かれています

 「つげぐしはながあいだ日本人にっぽんじん生活せいかつなか使つかつづけてきたものです。貴重きちょう工芸こうげいひんのようにおもわれがちですが、あくまでも日用品にちようひん。『温故知新おんこちしん』という言葉ことばがありますが、もう一度いちど、ゆったりとした時間じかんなかかみをていねいに手当てあてするこころ余裕よゆうもどしてほしいですね」(ゆたかさん)

 時間じかんまっているような店内てんないにいると、あめいろかがやくくしたちが、そうかたりかけてくるようです。【ぶんもり忠彦ただひこ写真しゃしん佐々木ささき順一じゅんいち

 ●くしの種類しゅるい

木彫(もくちょう)が美(うつく)しい飾(かざ)りぐしは、結(ゆ)った頭(あたま)にちょいと挿(さ)します。髪(かみ)をとかすのには使(つか)いません 拡大
木彫(もくちょう)が美(うつく)しい飾(かざ)りぐしは、結(ゆ)った頭(あたま)にちょいと挿(さ)します。髪(かみ)をとかすのには使(つか)いません

 「よのや」のくしには、いろいろなかたちがあります。一般いっぱんてきなのが「とかしぐし」で、あらさによって「ほそ」「ちゅう」「あら」の3タイプ。さらにおおきいのが「パーマぐし」で、かみながさやヘアスタイルによって使つかけます。ほかにもいた「セットぐし」。かしりなどのかざりがいた、おもかみかざようの「かざりぐし」もあり、ツゲの木地きじいろかしたもののほか、うるしをぬったものもあって、はなやかです。

日本髪(にほんがみ)を結(ゆ)うのに古(ふる)くから使(つか)われている「たてもの」タイプのくし。歯(は)の長(なが)さや幅(はば)など使(つか)う人(ひと)の注文(ちゅうもん)に応(おう)じて作(つく)ります 拡大
日本髪(にほんがみ)を結(ゆ)うのに古(ふる)くから使(つか)われている「たてもの」タイプのくし。歯(は)の長(なが)さや幅(はば)など使(つか)う人(ひと)の注文(ちゅうもん)に応(おう)じて作(つく)ります

 ほかに「たてもの」とばれる縦長たてながのものも。これは日本髪にほんがみう「髪結かみゆいさん」や相撲すもう力士りきしかみあつかう「床山とこやまさん」などが使用しようする、プロ仕様しようのものです。

 ●ツゲの

いぶして水分(すいぶん)を飛(と)ばした鹿児島県(かごしまけん)指宿(いぶすき)産(さん)のツゲ 拡大
いぶして水分(すいぶん)を飛(と)ばした鹿児島県(かごしまけん)指宿(いぶすき)産(さん)のツゲ

 ツゲ常緑じょうりょく低木ていぼく日本にっぽんでは西日本にしにほん温暖おんだん地域ちいき分布ぶんぷします。漢字かんじでは「柘植つげ」「黄楊つげ」など。材質ざいしつかたいためむかしから、くしやそろばん、琵琶びわのばち、印鑑いんかん将棋しょうぎこまなどの材料ざいりょうとして使つかわれてきました。木目きめこまかいぶん成長せいちょうおそく、くしがれるほどふとくなるには50~70ねんかかります。鹿児島県かごしまけんでは「薩摩さつまツゲ」とばれる最上さいじょうしゅ計画的けいかくてき安定あんてい供給きょうきゅうするために、植林しょくりんおこなわれています。

 ●ツバキあぶら

ツバキ油(あぶら) 拡大
ツバキ油(あぶら)

 つげぐしとってもれない関係かんけいにあるのが、ツバキあぶら天然てんねんのツバキの種子しゅしからった植物油しょくぶつゆで、食用しょくよう薬用やくよう灯火とうかようなどに使つかわれてきました。むかしから女性じょせい黒髪くろかみまも化粧けしょうあぶらとしても愛用あいようしました。かみだけでなく頭皮とうひにもいいため、シャンプーなどにもはいっています。つげぐしのメンテナンスも、ツバキあぶらでふくのがもっと効果的こうかてきです。

 ●関心かんしんたかいフランスじん

 新型しんがたコロナウイルス感染症かんせんしょう流行りゅうこうするまえまで、浅草あさくさ一帯いったいには世界中せかいじゅう観光客かんこうきゃくおとずれていました。「よのや」でくしをもとめる外国人がいこくじんおおかったのですが、なかでも関心かんしんたかかったのがフランスじん。「フランスの女性じょせいあいだで、ツゲのよさがひろまっていたみたいで。もともとヨーロッパは職人文化しょくにんぶんかさかえてきましたから、理解りかいしやすかったのでしょう」と有都ゆづさん。感染かんせん沈静ちんせいし、はや海外かいがいからのおきゃくさんがもどってきてほしい、とねがっています。


1973年(ねん)に撮影(さつえい)された悠(ゆたか)さんの曽祖父(そうそふ)、峰川光三郎(みねかわみつさぶろう)さん(当時(とうじ)82歳(さい))。店内(てんない)の様子(ようす)は当時(とうじ)のままです 拡大
1973年(ねん)に撮影(さつえい)された悠(ゆたか)さんの曽祖父(そうそふ)、峰川光三郎(みねかわみつさぶろう)さん(当時(とうじ)82歳(さい))。店内(てんない)の様子(ようす)は当時(とうじ)のままです

 ◆よのや

 ●「よのやくし

東京都台東区浅草とうきょうとたいとうくあさくさ1の37の10

https://yonoya.com/

 創業そうぎょう江戸時代えどじだい中期ちゅうきの1717(享保きょうほう2)ねん現在げんざい文京区ぶんきょうくにある湯島天神ゆしまてんじんちかくではじまったとつたわっています。1916(大正たいしょう5)ねんに、現在げんざい当主とうしゅ斎藤悠さいとうゆたかさんの曽祖父そうそふにあたる峰川みねかわ光三郎みつさぶろう浅草あさくさうつって、現在げんざいの「よのやくし」を開業かいぎょう光三郎みつさぶろうは「神様かみさま」、息子むすこ光正みつまさは「名工めいこう」とばれたそうです。品物しなもの日焼ひやけしないように正面しょうめんきたきにてられた店内てんないには、名人めいじんたちの名品めいひんのこっていて、しょく商人しょうにんとしての伝統でんとう未来みらいへといでいます。


 次回じかいの「江戸東京えどとうきょう見本帳みほんちょう」は9がつ28にち一部地域いちぶちいきは29にち)に掲載けいさいします。ウェブサイト「The Mainichi」ではこれまでの連載れんさい一部いちぶ英語えいごめます。

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る