創立(そうりつ)100周(しゅう)年(ねん)記念式典(きねんしきてん)で「桜(さくら)パラソル」を回(まわ)しながらテーマソング「桜咲(さくらさ)く国(くに)」を合唱(がっしょう)するOSK日本(にっぽん)歌劇団(かげきだん)の団員(だんいん)ら=大阪市(おおさかし)の大阪松竹座(おおさかしょうちくざ)で2022年(ねん)1月(がつ)
大阪を拠点に、華やかな歌と踊りで楽しませるレビュー劇団「OSK日本歌劇団」が昨年4月に創立100周年を迎えました。1922年に「松竹楽劇部」として誕生して以来、戦争や解散の危機など、山あり谷ありの歴史をたどってきたこの劇団について、トップスターの楊琳さんに教えてもらったんジャー。【長尾真希子】
「3大少女歌劇」って?
第二次世界大戦の戦前から戦後にかけて黄金期を築いたのが、宝塚歌劇団、大阪松竹歌劇団(OSK)、松竹歌劇団(SKD、1996年に解散)の3大少女歌劇です。女性ばかりで演じる「少女歌劇」は、日本独自の芸能ジャンルです。
このうち最初に登場したのは、宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)です。阪急の創業者、小林一三が鉄道の終点近くに開いた娯楽施設「宝塚新温泉」に客を呼ぶため、1913年に10代の少女だけで唱歌隊を結成し、その後「宝塚少女歌劇団」と呼ばれました。
OSKは、一時期の名前だった「大阪松竹歌劇団」の略です。松竹の創業者の一人、白井松次郎が22年に「松竹楽劇部」を結成したのが始まりです。大阪・道頓堀に松竹座を開く前、専属の舞踊団を設けようと作られました。SKDは、OSKの人気を受け、東京でも楽劇部を発足させ、姉妹劇団として28年に誕生しました。
OSKってどんな劇団?
1926年に花街の踊りを発展させた形の「春のおどり」を上演し、スピード感あふれるラインダンスや力強い群舞が有名です。当時「歌の宝塚、ダンスのOSK」と呼ばれたそうです。
数多くのスターも生まれ、映画「羅生門」でヒロインを演じた京マチ子さんや、「東京ブギウギ」が大ヒットして「ブギの女王」と言われた笠置シヅ子さん=写真=がいます。笠置さんは今年秋から放送されるNHK連続テレビ小説のモデルになり、OSKも注目を集めそうです。
舞台では、「桜パラソル」と呼ばれるピンク色の傘を回しながら、OSKのテーマソング「桜咲く国」を歌うのが定番です。劇団を象徴する花は桜。2022年2月現在、男役トップスター1人、トップ娘役2人を筆頭に、49人の劇団員がいます。「『春のおどり』のような大きな公演のほか、大阪・心斎橋に専用ライブスペースを開設し、動画配信もしています。12年からは、劇団員が幼稚園や小中学校、高校でラインダンスを教える訪問ダンス授業もしているので、私たちに会ったことがある子どもたちもいるかもしれませんね」と楊さんは笑顔を見せます。
何度もピンチがあったの?
当時本拠地だった大阪・千日前の大阪劇場は、戦争末期の大阪大空襲で破壊されました。それでも4か月後に公演を再開させ、戦後の1950年代に黄金期を迎えます。
しかし、60年ごろからテレビが普及すると、客足が遠のき始めます。71年に近鉄グループの傘下に入り、本拠地を奈良の専用劇場へ移すと、集客力も低下しました。2003年には近鉄の支援を打ち切られ、一度解散します。そこで立ち上がったのが、劇団員たちです。有志が19万人分の署名=写真=や協賛金を集め、公演を続けました。今は大阪市のIT(情報技術)関連会社「ネクストウェア」の傘下で経営が安定しています。
宝塚歌劇団の有名な教え「清く、正しく、美しく」をもじって、「清く、正しく、たくましく」と評されることが多く、「雑草魂の精神がOSKの魅力」と楊さんは話します。「踏まれても立ち上がるという意味もあるけれど、どんな雑草にも名前があって、花があって、生きているという意味だとわたし自身は解釈しています」
大阪松竹座も開場100年だね
大阪松竹座は1923年5月に誕生した大阪初の洋式劇場です。当時珍しい鉄筋コンクリート造りで、「ネオ・ルネサンス様式」といわれる建築の正面大アーチは「道頓堀の凱旋門」と呼ばれ、奇跡的に戦禍を逃れた今も美しい姿を見せています。
松竹楽劇部として生まれたOSKは、大阪松竹座のこけら落とし公演でお披露目されました。開場3周年を記念して上演したのが「春のおどり」で、後に「大阪の春の風物詩」と親しまれました。
いろいろありましたが、2004年に66年ぶりの「レビュー 春のおどり」を大阪松竹座で復活させ、それ以来毎年上演しています(20年を除く)。この66年ぶりに復活した「春のおどり」を観劇し、劇団員を志したという楊さん。「みんなが輝いていて、客席の熱気もすごくて、たちまちOSKのとりこになりました」
今年はお祝いムードあふれる洋舞(洋ものの舞台)2本立てで2月4~12日に大阪松竹座、同24~26日に東京・新橋演舞場で上演予定です。
OSKの劇団員になるには?
宝塚歌劇団に「宝塚音楽学校」があるように、「OSK日本歌劇団研修所」という2年間の養成所があります。OSKの舞台を踏むには、ここを卒業し、入団試験に合格しなければなりません。15歳~23歳未満の独身女性に受験資格があり年4回試験があります。
「合格したら、平日朝から夕方までダンスや声楽、日舞など今後の舞台人生に必要な基礎をみっちり学べます」と楊さん。今やトップスターとして活躍する楊さんですが、芸の道は厳しく、険しいといいます。「自分の思うようにできないと、くやしいし、つらい。今でも、できないことを克服するために一生懸命、練習しています」。そして、「舞台は、チョウチョやお花、王子様、お姫様など何にでもなれる魔法の場所です」と教えてくれました。
「道頓堀(どうとんぼり)の凱旋門(がいせんもん)」と呼(よ)ばれる建築(けんちく)が美(うつく)しい大阪松竹座(おおさかしょうちくざ)の前(まえ)に立(た)つ楊(やん)さん
楊琳さんのプロフィル
神奈川県横浜市生まれ。名前は本名。2007年にOSK日本歌劇団に入団。16年の「ROMEO & JULIET」で初主演。21年4月にトップスターに就任。