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ミャンマークーデター

ミャンマー国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー氏らを拘束。市民や国際社会からは抗議と批判が相次いでいます。

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 ミャンマー国軍は2021年2月1日、与党・国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー国家顧問兼外相やウィンミン大統領ら複数の政権幹部を拘束するクーデターを実行した。国軍は全土に1年間の非常事態宣言を発令した。

日本国内でも抗議運動が広がっている。アウンサンスーチー氏の肖像画を掲げ、行進する人たち=大阪市中央区の大阪城公園で2021年2月7日午後2時、久保玲撮影

 1日は、昨年の総選挙後初となる連邦議会(国会)の開会日で、その後第2次NLD政権が発足する見通しだった。国軍は声明で、「(選挙不正の)問題が解決されておらず、憲法に基づいて非常事態を宣言する必要があった」とし、クーデターを正当化した。

 ミャンマーでは昨年11月の総選挙で、スーチー氏率いるNLDが改選476議席の8割を占める396議席を獲得し圧勝した。最大野党の国軍系・連邦団結発展党(USDP)は33議席にとどまった。

 国軍側は、約1000万人分の有権者名簿に不備があり、重複投票などの不正があったと主張。だが、日本などが派遣した選挙監視団は「選挙は公正に実施された」との見解を示し、選管も調査に応じていない。そのため国軍は実力行使に踏み切ったとみられる。

ミャンマー軍事政権の主要メンバー

選挙で政権奪取、国軍に焦り

 国軍がクーデターを強行した背景には、今後は選挙を通じた政権奪取がますます難しくなるとの焦りがあったとみられる。実際、ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の問題を巡り、国際社会から指弾された国軍の影響力は、じり貧の状況にあった。

 スーチー氏は少数民族武装勢力との和平と、国軍の政治関与を保障した憲法の改正を公約に掲げてきた。政権2期目に入ることで、改憲圧力が高まることは避けられない情勢にあった。また、ロヒンギャへの迫害を巡り、国連人権理事会の調査団は19年に国軍系企業に金融制裁を科すよう求め、国軍の資金源の包囲網も狭まりつつあった。

アウンサンスーチー氏

 1945年6月、ビルマ・ラングーン(現ミャンマー・ヤンゴン)生まれ。47年に暗殺された建国の父アウンサン将軍の娘。英オックスフォード大を卒業し、英国人学者と結婚。85~86年に日本の京都大で客員研究員も務めた。88年から民主化闘争に参加し、3度にわたり通算約15年も自宅軟禁されながら軍事政権に屈しなかった姿勢が評価され、91年にノーベル平和賞を受賞した。2012年に下院議員に初当選し、15年の総選挙ではスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝。16年にNLD政権が発足し、国家顧問となった。近年は国軍による少数派イスラム教徒ロヒンギャへの「迫害」に対し、効果的な対策を打ち出せないスーチー氏に批判も高まっていた。

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