オランダのファッションデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルペン(Iris van Herpen)はパリコレのショーでいち早く3Dプリンターを使ったオートクチュール作品を発表
オランダのファッションデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルペン(Iris van Herpen)はパリコレのショーでいち早く3Dプリンターを使ったオートクチュール作品を発表

 今年初めごろから、ファッションとテクノロジーの掛け合わせがたびたび話題になっている。アップルは、アップルウオッチの発表会に、テクノロジー系メディアよりもファッション系メディアを優先的に招待した。さらに、ファッション系百貨店での販売にも力を入れている。

 昨年9月、ハースト婦人画報社は、IT企業のグーグルやVASILY(ヴァシリー)と一緒に、テクノロジーをファッション分野にどう応用するかを考えるイベント「ファッションハッカソン」を開催した。「VOGUE JAPAN」などを発行するコンデナスト・ジャパンも今年7月、これまで世界12カ国で開かれ、ファッションとテクノロジーをつなぐ場として期待されているイベント「デコーデッド・ファッション」を東京で開く。

SMOKE DRESS
ファッションテクノロジーデザイナー、アヌーク・ウィッパレフトは3Dソフトウェアメーカー、マテリアライズ社のデザイナー、ニコロ・カサス氏と組んで未来的なオートクシュール作品をつくった
SMOKE DRESS ファッションテクノロジーデザイナー、アヌーク・ウィッパレフトは3Dソフトウェアメーカー、マテリアライズ社のデザイナー、ニコロ・カサス氏と組んで未来的なオートクシュール作品をつくった

個人の体形に合わせた究極の衣服作り

 JR大阪駅に隣接する複合施設グランフロント大阪の中に、先端技術を体験できる交流施設「The Lab.」(ザ・ラボ)がある。ここで、大阪市に本社を置くIT企業「デジタルファッション」がバーチャルフィッティング技術を公開している。

 大型画面の前に人が立つと、画面が鏡のように人の全身を映し出す。画面に手を振って操作をすると、自分のボディーラインに合わせて衣服をバーチャル試着できる技術だ。

 2001年創業の同社は、ファッションとテクノロジーの融合を目指す、世界最先端を行く会社の一つ。国際標準化機構(ISO)の採寸に関する国際基準「ISO TC−133」の策定にも関わっている。標準化されれば、オンラインショッピングサイトで、自分の体形にぴったりのサイズの服を買えるようになる重要な規格である。韓国のサムスン電子なども規格策定に関わっている。

 デジタルファッションの森田修史(のぶふみ)代表は「その昔、服は一人一人の体形に合わせて作られていたが、20世紀に入り、大量生産された服のサイズに人間の方が合わせる文化が広まってしまった。これからはテクノロジーを応用して、人に合わせた服作りの文化を再生すべきだ」と語っている。

オンラインショッピング向け採寸技術の国際標準化を進めるデジタルファッション社森田修史代表
オンラインショッピング向け採寸技術の国際標準化を進めるデジタルファッション社森田修史代表

3Dプリンターで衣服を作ることまで可能に

 小売りなどの消費者ビジネスを指す「B2C」(Business to Consumer)という言葉があるが、これをB2i(Business to Individual)、つまり個人個人に合わせたビジネスに進化させようというのが森田代表の狙いだ。

 B2i化の波は、米国にも確実に訪れている。スマートフォンなどを活用して女性のサイズを測り、その人の体形にぴったり合う下着を提供する会社が現れている。中には、少しずつサイズの異なる下着を5着郵送し、体形に合う1着だけを引き取って、残りを返品する方式を採用する会社もある。しかし、ISO TC−133や、ほんの数秒で体形データを測定できるボディースキャナーがデパートなどに設置されれば、こうした無駄もなくなるはずだ。

 今年1月、米国で開催された家電ショーでは、3Dプリンターで作った洋服、アクセサリーの展示が目立った。体形データを入力した3Dプリンターで、身体の起伏に合わせたオートクチュール仕立ての服を作ることができるようになった。

kinematics
MITの卒業生が起業してつくった米ナーバスシステムでは3Dプリンターで大きさの異なる三角形の樹脂のピースを組み合わせて体型にピッタリと合う服をつくる技術、「kinematics」を開発
kinematics MITの卒業生が起業してつくった米ナーバスシステムでは3Dプリンターで大きさの異なる三角形の樹脂のピースを組み合わせて体型にピッタリと合う服をつくる技術、「kinematics」を開発

 素材は樹脂が多かったが、小さな鎖のようなパーツでできた服を、最初からパーツを連結させた状態で出力することで布のようなしなやかさを実現したり、パーツの大きさを身体の部位ごとに変え、体形にフィットした起伏を生み出したりしているものもあった。服だけでなく靴やサングラス、バッグ、帽子、さらには金属3Dプリンターでつくったジュエリーも展示されていた。

 「ファッション×IT」の可能性はB2iだけに限らない。薄く柔軟性のある有機ELディスプレーを布地に組み込み、文字やアニメーションを衣服上で発光させる技術を開発している会社もあれば、ITで流通コストを抑え、丁寧に作った高級衣服を、より手ごろな価格で提供しようと試みる会社もある。

 ファッション業界は今後、ITで大きく変容しそうな領域の一つと言えるだろう。

≪ 教 訓 ≫ ファッション×IT

 20世紀の大量生産大量消費の波の中で、私たちは、顧客一人一人と真剣に向き合う姿勢や、丁寧なものづくりの文化を失った。ITを使った合理化は、経済合理性の追求のためだけでなく、人類が過去に築いた豊かな文化を取り戻すために使われてこそ、価値がある。

※筆者は、伊藤忠ファッションシステム社の活動「ifs未来研究所」の研究員として、ファッション×ITをテーマに1年間の研究開発を行っています。また、記事に登場するデジタルファッション社・森田修史代表が設立した新会社「クチュールデジタル株式会社」の発起人であり、株式も保有しています。

 <次回は7月上旬に掲載予定です>

経済プレミア・トップページはこちら

林信行

林信行

ITジャーナリスト

1967年生まれ。アップルやグーグルの動向や技術、製品を継続的に取材対象としており、情報技術分野のテクノロジーに明るい。近年は、自動車やファッションなどのさまざまな業界におけるIT活用の取り組みに関心を持ち、人々の暮らしや社会にもたらす変化をテーマとしている。著書多数。

イチ押しコラム

知ってトクするモバイルライフ
手のひらにしっかり収まる「アクオスR2コンパクト」。発売は1月

日本人の好みに応えたシャープ・アクオス小型スマホ

 シャープが、小型スマホの「アクオスR2コンパクト」を開発。ソフトバンクから2019年1月に発売されるほか、SIMフリーモデルとし…

ニッポン金融ウラの裏

NISAに最初の「5年満期」更新しないと非課税消滅

 少額投資非課税制度(NISA)が初めての期間満了を迎える。一定の手続きによって、さらに5年間の非課税期間延長となるが、いま、証券…

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…