桶狭間古戦場公園に建つ織田信長(左)と今川義元の銅像
桶狭間古戦場公園に建つ織田信長(左)と今川義元の銅像

社会・カルチャー戦国武将の危機管理

浅井の反旗に「逃げるが勝ち」を演じた織田信長

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 元亀元年(1570年)4月20日、織田信長は大軍を率いて越前の朝倉義景討伐の軍を起こした。信長の上洛命令を無視し続けている義景を討つためである。

 25日には若狭から越前に進み、敦賀の朝倉方支城である天筒山(てづつやま)城を難なく落とし、さらに翌26日には金ヶ崎(かねがさき)城を攻め落とし、木の芽峠を越えはじめた。木の芽峠を越えれば、朝倉氏の本拠一乗谷はすぐそこである。

 ところが27日、信長にとって全く予期しないことが起こった。信長が自分の妹お市の方を嫁がせ、同盟を結…

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com