スキル・キャリア部下を伸ばす上司 ダメにする上司

トラブルを乗り越えるための「鬼軍曹」のススメ

細川義洋 / ITコンサルタント

 裁判に発展するような深刻なトラブルに陥るITプロジェクトには、共通する上司の態度があります。それは「悪い意味でのリベラル」です。

管理義務違反が問われた裁判

 システム開発が大幅に遅れ、契約が解除されたIT紛争の調停を担当したときの話です。証拠として提示された発注側と開発業者間のメールを見ると、「納品が遅れるなら、いつになるのか教えてほしい」と尋ねる発注側に対して、開発業者側の担当者が言い訳ばかりで、真剣に対応していない状況が読み取れました。

 その言い訳とは、「突然の要件追加でスケジュールが遅れた」「使用したパッケージソフトに予想しなかった不具合があって困っている」といったものでした。調停の席上で話を聞くと、この担当者は、「普段ならいいかげんな返事はしないが、疲れていて物事を考えられる状態ではなかった」と言っていました。

 そこで、担当者の上司に「部下にどのような指示をしたのか?」と尋ねると、上司は「とにかく部下の不満を聞き、メンバーの追加などのリクエストがあれば応えるようにしていた」と言います。つまり、ボトムアップで意見を吸い上げて対応する「リベラル型」の問題解決法でした。

 通常は、物事を決めるのに部下やメンバーの意見もしっかり聞く姿勢は大事でしょう。しかし、トラブルが起きて、部下が心身ともに疲弊するような深刻な状況の場合には、必ずしもうまくいくとは言えません。

 先の紛争例も、結局、プロジェクトは失敗に終わりました。調停案にも開発業者側のプロジェクト管理義務違反が大きく影響しました。

疲弊する部下に解決策は期待できない

 問題が発生して作業量が増え、精神的にも追い詰められた部下やメンバーを助けるのは上司の義務です。部下を気遣いながら、仕事がしやすいようにリクエストにはできるだけ応え、元気づけたいところでしょう。

 しかし、部下の心身の疲労がある点を超えると、上司の気遣いはかえって悪い状況を招きかねません。逃げ出したい気持ち、傷つく自尊心、鈍った判断力などが原因となり、他者に責任を押し付け、作業効率は落ちていきます。こうした時には、部下の意見に耳を傾けても、良い解決策は望めません。建設的な次善の策など出てこないからです。「悪い意味でのリベラル」の典型です。

 それどころか、不平や疲労を口に出すことで、部下たちはいつの間にか自分を正当化してしまいます。プロジェクトの立て直しをあきらめる雰囲気が出てくることもあるでしょう。

質問や異論を許さない指示、命令

 本当に苦しい時に事態を好転させるのは、むしろ上司と部下の縦の人間関係に基づく問答無用の指示、命令です。

 私が勤めていたIT企業でシステム開発のプロジェクトに参加した時、こんなことがありました。納期1カ月前にして不具合が100個以上あり、どれだけ徹夜をしても間に合いそうにない状況に追い込まれていました。メンバーからは、グチや言い訳の声も増えていきました。

 頭を抱える私たちの前に、通常はプロジェクトに顔を出さない部長が現れました。そして、いきなり大声で、「やるときはやるしかないだろう。しばらく頭を使うな。歯車になれ」と言うのです。普段は優しい顔の多い部長の高圧的な言葉に驚きました。

 部長はメンバー一人一人に視線を向けながら、「○○君はいつまでにこれをやる。××君は顧客を訪ねて、これだけ決めてこい」と厳しい口調で言いました。質問や異論は一切許しません。「とにかくやれ」の一点張りでした。

トラブル時には余計なことを考えさせない

 軍隊の上官のような態度にあっけに取られ、当初私たちは反感すら覚えました。しかし、上司に言われれば従うしかありません。とにかく、言われたことだけに集中して作業をしました。

 すると、チーム全体の雰囲気が変わっていったのです。メンバーのグチや言い訳は減り、生産性が上がりました。余計なことを考えずに済むようになったせいか、頭がすっきりしたのを覚えています。部長の指示、命令が的確だったため、プロジェクトは多少の作業を残しつつも納期は守ることができました。

 通常、縦の関係の高圧的な指示は組織の風通しを悪くして、部下のやる気を落とす危険があります。しかし、非常時には効果を発揮します。トラブルが起こり、部下たちが疲弊して集中できない時には、上司は鬼軍曹になる覚悟も必要なのです。

 <「部下を伸ばす上司 ダメにする上司」は毎週火曜日掲載です。次回は9月15日です>

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細川義洋

細川義洋

ITコンサルタント

1964年、神奈川県生まれ、立教大学経済学部経済学科卒。NECソフト(現NECソリューションイノベータ)、日本IBMでシステム開発やコンサルティングを行う。著書に「なぜ、システム開発は必ずモメるのか?」「IT専門調停委員が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則」(日本実業出版社)などがある。

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