「下流老人」の著者で、長く困窮者支援を続けているソーシャルワーカーの藤田孝典さん=東京都新宿区で、関口純撮影
「下流老人」の著者で、長く困窮者支援を続けているソーシャルワーカーの藤田孝典さん=東京都新宿区で、関口純撮影

くらし下流化ニッポンの処方箋

ふつうの会社員がある日介護で「下流」に転落する

編集部

「下流老人」藤田孝典さんインタビュー(1)

藤田さんの著書「下流老人」
藤田さんの著書「下流老人」

 年収400万円の会社員も、一歩間違えば生活保護レベルの生活に転落−−困窮者支援のNPO法人「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典さん(33)が昨年出版し、20万部超のベストセラーになった「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」(朝日新書)。病気や介護離職などをきっかけに、一気に貧困状態に転落しかねない現代社会の危うさと制度の不備を詳細に描き、大きな反響を呼んだ。「貧困」への転落がなぜかくも簡単に起きるのか、実例と対策を藤田さんに聞いた。【戸嶋誠司】

 −−ずっと埼玉県内で困窮者支援をしてこられました。

 ◆藤田孝典さん 学生時代の2002年にボランティアとして始めました。04年に社会福祉士の資格を取り、本格的に活動しています。

普通の会社員が簡単に貧困になる時代

 −−00年代前半からずっと現場を見ていて、一番の変化は何ですか?

 ◆普通の人が簡単に貧困になる時代になりました。それ以前は、長く建設現場で働いていた人が50代、60代になり、足腰を悪くして働けなくなった、貧困に陥ったというケースが多かったんです。ある特定の業種の人が比較的貧困になりやすかった。ほかにIT業界、警備員の仕事など、長時間職場の人ですね。

 それが、08年のリーマン・ショックでガラッと変わった。会社勤めだった普通の人が生活に困って相談に来ます。若者から年配の人まで、銀行員、会社員、公務員だった人もいます。そこが大きな変化です。

簡易宿泊所で暮らす高齢の男性。夕食はカップうどんだった=川崎市川崎区で、国本愛撮影
簡易宿泊所で暮らす高齢の男性。夕食はカップうどんだった=川崎市川崎区で、国本愛撮影

 −−公務員だった人も? 勝ち組じゃないのですか。

 ◆地方公務員も上場企業の会社員も関係ありません。年収や地位があっても、今は二つのファクターで容易に貧困に陥ります。介護、離婚、病気というファクターと、それに伴う離職ですね。

 −−印象に残っている事例を教えてください。

 ◆数年前、埼玉県上尾市の50代の男性から相談を受けました。市内の一戸建てを訪問したら、外観はすごくきれいなのに中はボロボロで畳の底が抜けていて。1階の畳の部屋でおばあちゃんが苦しそうに寝ていました。

 おばあちゃんは80代前半、認知症でほとんど寝たきりの状態。世話をしているのは50代後半の独身の息子さんです。数年前まで地方公務員として働いていたそうですが、介護で辞めて、その後はアルバイトで生活してきました。電話で「仕事もなくつらいので、正直死にたいんです」って相談されました。

預貯金もない50代独身息子と認知症の母親

 悪くなった最初の2年ほどは、男性も働きながら世話をしていたんですが、仕事を続けられないということで辞めて、母親の世話をしながらコンビニで働いたり、アルバイトをしたりして。最初は預貯金があったし、退職金も出て、母親の国民年金も月額4万円ぐらいはあったのでなんとかなってた。

 でも、その後8年間で貯金が底をつき、母親の認知症が重くなってアルバイトもできなくなった。自暴自棄で家の中はグチャグチャ。預貯金をなくした50代の独身息子と80代の母親の2人が、4LDKのボロボロの家の中でただただ身を寄せ合っていたわけです。

 −−息子さんは公的な支援を要請しなかったんですか?

 ◆息子さんは公務員だったため世間体を気にして、誰にも相談していなかったようです。介護保険について聞いたら「母が他人の介護をいやがるから」と相談も申請もしていませんでした。「持ち家があるから生活保護も受けられないだろう」と思いこんでいました。私が自宅を訪ねた日は「もう何日もまともに食べていない。現金はあと800円ぐらいで、これがなくなったら終わり」と。

 そこで、急いで介護保険と生活保護の申請をしました。幸いどちらも申請が認められて、今はヘルパーさんに来てもらっています。共倒れという最悪の事態は避けられました。

 −−決して特殊な事例ではなくなっていると。

 ◆まったく特殊ではありません。リーマン・ショック以降、普通のサラリーマンの人がこうした相談に来るケースが増えているんです。しかも、その人たちには特徴があります。まず最初に謝るんです。「申し訳ない、自分のことを自分でできなくなっちゃって申し訳ないんだが、(暮らしを立て直す)いい方法はありませんか」と聞いてくる。貧しさはすべて自分の責任だ、と思っているんです。

 ここ20年の不況を経ても、社会の価値観は変わっていなくて、貧困は特殊で、怠けていた人がなると思い込まされています。だからみなさん、「申し訳ありません」と自分を責めながら相談に来ます。貯金しとかなかった自分が悪い、家族と不仲になった自分が悪い、と。

病気や失職はだれにでも起こる

 しかも日本の特徴として、とことん困窮してから相談に来る事例がほとんどです。末期のがんだけどお金がないからロキソニンでごまかしながら働いていますとか、収入がないから、病院にもかかれませんとか。

 生活保護も含めて、無料でかかれる病院もあるんですよ。そこに早く気づいてくれれば何とでもなったのに、というケースも多い。

 −−介護や本人の病気、失職はだれにでも起こりますね。

 ◆そうです。特に近年、中高年の介護離職のリスクがすごく高まっています。介護のために離職して、収入をなくして生活困窮に至るケースが多い。結局、介護離職って自分の年金まで食べちゃうことなんです。その期間働かないということは、報酬比例の将来の年金を減らすことになる。親を介護するために仕事を辞めて収入を減らして、そのうえ年金まで削られちゃって。だから、離職せずに働き続けることが最低限のリスク回避策なんです。

 −−離職しないで介護保険制度をうまく使いたいところです。

 ◆介護保険制度も生活保護制度も申請主義です。申請したら助けてあげますよという仕組み。制度へのアクセス方法を知らない人には使いにくい制度です。また、いまだに「介護は身内がやるもの」という意識が強い。でも、制度本来の目的通り、社会保障としてきちんと機能させておかないと、その結果困窮者が増え、かえって財政にも打撃を与えます。

◇略歴

藤田孝典(ふじた・たかのり)/NPO法人ほっとプラス代表理事

1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。ソーシャルワーカーとして現場で生活困窮者支援をしながら、生活保護や貧困問題への対策を積極的に提言している。著書に「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」「ひとりも殺させない」など。

 <藤田孝典さんインタビューは計3回です>

離婚、認知症、孤立……銀行員を襲った老後の貧困

「貧困」を放置すると社会の負担はさらに増える

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編集部

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長く経済分野を取材してきた今沢真・毎日新聞論説委員を編集長にベテラン・若手編集者が経済・社会の最新情勢を追います。
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