ベストセラーを歩く

このミス1位!「王とサーカス」が問う言葉の本質

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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公開結婚式で朝食をとる人々=ネパール・カトマンズ盆地の仏教寺院
公開結婚式で朝食をとる人々=ネパール・カトマンズ盆地の仏教寺院"スワヤンブナート"で2011年7月撮影

 メディアというものを考える時に、必ず紹介する言葉が二つある。

 ひとつはある落語家が言った「子供のころ、新聞を熱心に読んでいるとオヤジに怒られました。そんなに真面目に新聞を読んでいると、ウソつきになるって」という発言。もうひとつは、ある人気作家の言葉。「新聞を読まない生活がいい」

 前者はメディアリテラシー(メディアで流れている情報の真偽を判断し、活用する能力)の重要さを訴え、批評的にメディアに接することを説いたものともうかがえる。このオヤジさんは、あるいは戦時を生きた人かもしれない。後者は情報過多の現代に疲れたつぶやきとも、メディアのあり方に対する懐疑を吐露した言葉とも読める。

 メディアについて考えると、ついついネガティブな思いに駆られる。記者のえらそうな態度や、勉強不足だったり、中身が貧しかったりする記者が少なくないことを思い出す。偽善的な論調やわかったような性善説も苦手だ。もちろん、私も他人のことを言えた義理ではないのだが。

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。