社会・カルチャー青春小説の系譜

朝井リョウ「桐島、部活やめるってよ」の揺らぎと輝き

鶴谷真 / 毎日新聞学芸部記者

 田舎、といっても、そこそこの地方都市に立地すると思われる県立高校を舞台に、2年生たちの晩秋の日常を描くのが朝井リョウ「桐島、部活やめるってよ」(集英社)だ。

 野球部のユーレイ部員、宏樹▽バレーボール部の補欠、風助▽ブラスバンド部の部長、亜矢▽映画部の涼也▽ソフトボール部の実果▽再び宏樹。物語の視点は、この順に移っていく。暴力ざたやいじめ、激しい恋愛といった「事件」は起きない。部活やクラスでの「さざ波」を見つめ、それを受け止めようとする様が浮き彫りにされる。

バレー部キャプテンの桐島は登場しない

 通奏低音になっているのは、バレーボール部の頼れるキャプテン、桐島が突然部活をやめたらしいという「うわさ」だ。その真相ははっきりしない。風助の章では、おかげで補欠の自分が試合に出られるとの描写があるから、少なくとも桐島が部活を休んでいるのは間違いない。風助は出番が回ってきたことへの喜びと罪悪感から<気味の悪いどろどろしたもの>が体内に渦巻く。が、そもそも本作には桐島が登場しない。全編を通して不穏さがそこはかとなく漂っている。

 桐島の退部(?)の件だけでなく、登場人物たちが直面している喜怒哀楽の真相がよく分からない。読み進めていくと、しばしば時間軸が戻る。つまり、既に描かれた出来事を別の人物が語り直すのだ。

 例えば、映画部の涼也と武文は体育のサッカーの授業でぶざまな姿をさらした後、それをなかったことにして「そろそろ(映画の)新作撮ろうや!」と盛り上がる。その時、体育館から女子たちが出てくるのを見る。次にパンを買うべく購買部に並ぶと「凄(すさ)まじかったよねダサさ!」と、自分たちをあざ笑う女子たちの黄色い声を聞く。

さまざまな視点で語られる「いくつもの真実」

 次章では、体育館を出る場面を実果の視点で描き、同じグループの梨紗と沙奈が購買部でダサい男子をネタに爆笑した旨を喜々として報告するのを聞くのだ。ただし、実果ともう一人のメンバーのかすみは内心で<映画を作るなんてさ、すごいやん><少なくともあんた達よりはすごいよ>とつぶやき、ダサい男子たちを巡る認識は一定しない。

 つまり、一つの出来事をさまざまな視点で語れば語るほど、真実は分からなくなる。ミステリーの味わいに近いと言ってよく、これこそが本作の醍醐味(だいごみ)たる不穏さの正体だろう。

 本作は2012年に公開された映画版も高い評価を得た。私はまず映画でこの世界に魅せられたクチで、語り直しの鮮やかさにわくわくした。こちら側から向こうの仲間に手を振る。時間軸が戻り、今度はカメラが移って向こう側から見ると、手を振っている仲間が遠くに見える。それだけのシーンなのに、体の中で「一人称」が激しく揺らいだ。この語り直し、人によっては不気味に感じるかもしれない。

映画『桐島、部活やめるってよ』Blu-ray ¥4,800+税/DVD¥3,500+税/発売元:バップ/(C)2012「桐島」映画部 (C)朝井リョウ/集英社
映画『桐島、部活やめるってよ』Blu-ray ¥4,800+税/DVD¥3,500+税/発売元:バップ/(C)2012「桐島」映画部 (C)朝井リョウ/集英社

「真実は人の輪の中にある」という希望

 外見や見栄(みえ)だけの恋愛、打算にまみれた友人付き合い、そして希望やあきらめがないまぜの勉強と進路。けれど、本作の17歳たちはどこか真剣で、ほとんど表には出さないものの、葛藤を抱いている。

 実果の場合、家庭に苦しみがある。それでも本作がえもいわれぬ希望を宿しているゆえんは、真実とは多くの語りの中にこそ、つまり人との交流の中にしかないからだろう。出口がない事態に見えても、人の輪に飛び込むことで笑えるかもしれないのだ。

 クラス内の残酷なヒエラルキーの上と下に分類される宏樹と涼也。ラスト近くで、両者のささやかな交流が語り直される時、サッと光が差して、読む者を17歳のステージへ戻してくれる。その輝きこそ青春小説である。

  ◇    ◇

 青春小説は読み手にとっても書き手にとっても思い入れの強い宝物です。毎日新聞学芸部の鶴谷真記者が「青春小説の系譜」をつづります。原則、毎月1回掲載します。

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鶴谷真

鶴谷真

毎日新聞学芸部記者

1974年、神戸市出身。2002年毎日新聞社に入社し、岡山支局、京都支局を経て08年に大阪本社学芸部。13年秋から東京本社学芸部。文学を担当している。

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