スキル・キャリア部下を伸ばす上司 ダメにする上司

上司が部下に語りたがる成功体験は7割引で聞け

細川義洋 / ITコンサルタント

 高い目標を設定して部下に実行させるには、説得力のある数値をもとにする必要があります。前回、上手に数値を管理し、部下のやる気まで高めた上司の例を紹介しましたが、今回は筆者自身の失敗例をお話ししましょう。

根性さえあれば結果は出る?

 部下に高い目標を示すよう命じるとき、上司は自身の「過去」を参考にするケースがあります。現場に出ていたころはこれくらいやった、無理と思えるほど高い目標でも努力を続け、周囲の協力を得て目標を達成した、といった経験です。

 こうした経験があるからこそ、部下にもより高い目標を設定しろと命じることができるのです。また、成功体験を部下にも参考にしてほしいと考えるのは、上司として当然のことでしょう。ただ、過去の経験をもとに部下の目標数値を設定する際には、注意が必要です。過去を美化しすぎたり、過大評価しないことが大切です。

 筆者がIT企業で営業を務めていたとき、数人の部下を持っていました。ある時、新しく配属された部下に、会社が売り出し始めたソフトウエア製品パンフレットを100部渡し、1カ月以内に顧客へすべて配って、最低5件のアポイントを取るよう命じました。

 訪問先は新規顧客ばかりでした。国内トップクラスのIT開発企業でしたから、門前払いを食らう確率は低かったものの、新人営業にとってその数字はかなり高いハードルでした。ただ、筆者自身が同じような命令を上司から受け、それを達成したことがありました。簡単ではありませんが、地道に客先に出向き、話し続ければできる。つまり、根性さえあれば必ず結果が出せると考えていました。

語り聞かせていた実績の中身

 ところが、いつまでたっても部下の成果は上がりません。1件もアポイントが取れないのはもちろん、訪問客数自体が目標の半分にも達しなかったのです。

 部下には何度も筆者自身の経験を話して聞かせました。「足が棒になっても歩き続けろ」「一度断られたくらいで引き下がるな、粘れ」「(俺も)月120件は顧客を回ったし、受注も4件取れた」──それでも、部下は変わりませんでした。

 手詰まり感がありました。そこで、この新人ができない理由を探るために筆者自身の過去を振り返ってみると、部下に話していた経験と実際がずいぶんと違っていたことに気づいたのです。

 120件訪問したのは確かです。ただ実際には、担当者不在で受付にパンフレットを置いてきただけといったこともありました。4件の受注も事実ですが、筆者の扱っていたソフトウエア製品はヒット商品で、むしろ顧客の方がほしがっていたというのが真実です。筆者の努力で売ったとは言い難い面もありました。

良い記憶だけが残りやすい

 うそをついたつもりはありません。ただ、都合の良いことだけを記憶していたのです。そうした記憶から組み立てたストーリーを、成功談のように部下に自慢げに話していました。このストーリーから数値目標を命じられた部下は、言わば「被害者」でしょう。

 結局、1カ月間で部下が目標に達することはありませんでした。何かしらの手を打つこともできず、部下にはムダなエネルギーを消費させ、劣等感だけを植え付けてしまったのです。「上司失格」と言えるでしょう。

 過去のことは良い部分だけが記憶に残り、不都合なことは脳の奥底で隠れてしまう──それが人間というものでしょう。上司が自身の経験を部下に話したり、経験をもとに目標設定したりする際は、過去を美化しすぎないよう、十分に注意することが必要です。

 <「部下を伸ばす上司 ダメにする上司」は毎週火曜日掲載です。次回は5月17日です>

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細川義洋

細川義洋

ITコンサルタント

1964年、神奈川県生まれ、立教大学経済学部経済学科卒。NECソフト(現NECソリューションイノベータ)、日本IBMでシステム開発やコンサルティングを行う。著書に「なぜ、システム開発は必ずモメるのか?」「IT専門調停委員が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則」(日本実業出版社)などがある。

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