青函連絡船の「第八青函丸」=1964年(昭和39年)8月
青函連絡船の「第八青函丸」=1964年(昭和39年)8月

社会・カルチャー切ない歌を探して

「さよならあなた〜」雪と涙の青函連絡船

森村潘 / ジャーナリスト

阿久悠、三木たかし、石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」

 北海道新幹線がこの春函館まで開通して、北海道と本州がまたぐっと近づいた。かつて、青函連絡船によってのみ行き来していたころを知る北海道の人には、隔世の感があるだろう。

 北海道出身で演歌の大御所、北島三郎もしみじみ語るように、かつて北海道と本州との距離は実際以上に遠く、その象徴として、間に流れる津軽海峡の存在は大きかった。越えていく人、帰ってくる人、海峡を挟んで、別れや望郷や逃避など、行き交う人の心にはいろいろな思いがあったはずだ。だからなのか、津軽海峡は文学や歌の世界で多くとりあげられてきた。

 文学の世界では、水上勉が昭和37(1962)年、津軽海峡を舞台にした「飢餓海峡」を著した(出版は昭…

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森村潘

森村潘

ジャーナリスト

大手新聞、雑誌編集などを経てコミュニティー紙の編集などに携わる。ジャンルを超えて音楽を研究、アメリカ文化にも詳しい。