政治・経済セブン人事抗争の内幕

カリスマ鈴木会長が井阪社長退任案をゴリ押しした謎

毎日新聞経済部

社長交代案否決(6)

 3月30日に開かれたセブン&アイ・ホールディングス指名・報酬委員会の初会合。鈴木敏文・会長兼最高経営責任者(CEO)は自信に満ちた笑みをたたえて現れた。鈴木氏と村田紀敏セブン&アイHD社長兼最高執行責任者(COO)、それに、伊藤邦雄・一橋大名誉教授と米村敏朗・元警視総監の両社外取締役の4委員がそろい、会合が始まった。

 鈴木氏は席上、井阪隆一氏のセブン─イレブン・ジャパン社長退任案を提案した。しかし、2人の社外取締役の反応は、鈴木氏の意に反したものだった。伊藤、米村両氏は、井阪氏の社長退任に難色を示したのだ。

 実は、指名・報酬委員会の初会合が開かれる前、伊藤、米村両氏は、村田HD社長から、鈴木氏が委員会に諮問しようとしている井阪氏の退任案について説明を受けていた。指名・報酬委員会をスムーズに運ぶためのいわゆる「根回し」だ。

 村田氏は、井阪氏を退任させる理由について、在任期間が7年と長いことなどを挙げたという。しかし、伊藤、米村両氏には、過去最高益を更新し続けている社長を更迭する理由としては、弱いと映った。

セブン&アイHDの鈴木敏文会長(左)と村田紀敏社長(肩書きはいずれも当時)=2016年4月7日、徳野仁子撮影
セブン&アイHDの鈴木敏文会長(左)と村田紀敏社長(肩書きはいずれも当時)=2016年4月7日、徳野仁子撮影

「若返り」に反した井阪氏退任案

 しかも、後任候補の古屋一樹セブン─イレブン・ジャパン副社長は66歳と、58歳の井阪氏より年上だ。経営陣の若返りにもつながらず、伊藤、米村両氏は「もっと納得できる理由を示さなければ、通らない」と反対した。

 ところが、その後に開かれた初会合でも、鈴木氏は自信たっぷりに井阪氏の退任案を提案した。鈴木氏は退任させる理由として「私が井阪氏を育ててきたが、リーダーシップが不足している」「(経営方針などの)指示は、井阪氏ではなく、すべて自分が出していた」などと説明したという。伊藤、米村両氏は、根回しの段階と同様、井阪氏の更迭に納得がいかなかった。

 伊藤、米村両氏が反対姿勢を変えないことが分かると、鈴木氏の顔から笑みが消えた。鈴木氏は「次の会合には、もう出ない」と言い残して部屋を出て行った。

 だが、第2回の指名・報酬委員会にも鈴木氏は出席。再び井阪氏の退任案を主張し、一歩も譲らなかった。一連の議論の過程で、社外取締役からは、井阪氏をいきなり更迭するのではなく、いったん降格させて様子を見るなどの妥協案も示されたという。しかし、鈴木氏は井阪氏の退任案の修正に応じなかった。

2016年2月にセブン-イレブン・ジャパンの社長退任を内示されていた井阪隆一氏(左)。手前は後任候補に名前が挙がっていた古屋一樹氏=喜屋武真之介撮影
2016年2月にセブン-イレブン・ジャパンの社長退任を内示されていた井阪隆一氏(左)。手前は後任候補に名前が挙がっていた古屋一樹氏=喜屋武真之介撮影

合計5時間に及んだ指名・報酬委の議論

 事前の説明も含めると、指名・報酬委員会の議論は計約5時間にも及んだが、結局、井阪氏の退任について統一した見解をまとめることはできなかった。

 社外取締役の一人は、村田氏に「これだけ指名・報酬委員会の意見が対立しているのに、それでも取締役会に井阪氏の退任案を出すのですか」と尋ねた。村田氏は「出します」と言い切った。セブン─イレブン・ジャパン社長人事は、まるでチキンレースのような様相を呈していった。

 セブン&アイHDの取締役会が翌日に迫った4月6日。鈴木氏は周辺に「明日、(井阪氏のセブン─イレブン・ジャパン社長退任が)決まると思う。本人が『やりたい、やりたい』と言っているだけだ」と語り、井阪氏の退任決定に自信をのぞかせていたという。

 一方の井阪氏は、周辺に「心身ともに健康でまだ58歳。やる気もある。取締役会の最終判断には従うが、続けられるなら続けたい」ともらしていた。

 セブン─イレブン・ジャパン社長人事は、まったく着地点を見いだせないまま、翌4月7日の取締役会に委ねられることになった。どちらに転んでも、HDを二分しかねないリスクをはらんでいた。(つづく)

 <次回「“最高益”社長が差し違え覚悟でカリスマと対決した日」>

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<目次>

第一章 緊迫の取締役会

 社長人事のうわさ/井阪氏への社長退任の内示/予想外の展開/運命の取締役会─4月7日午前9時半─/突然の辞意表明/「キーワード」セブン&アイ、どんな会社?

第二章 緊急会見 崩れた「鈴木王国」

 「コンビニの神様」の落日/鈴木氏の「引退」表明

第三章 創業家との確執─資本と経営の歴史─

 創業の地「千住店」の閉店/商人の伊藤、天才肌の鈴木/鈴木氏の権力が肥大化/伊藤氏の最後の決断/「キーワード」所有(資本)と経営の分離

第四章 なぜ社外取締役は役員人事に反対したのか

 人事案否決の主役/社外取締役の役回り/もの言う株主「サード・ポイント」の狙い/日本企業のガバナンス問題/鈴木氏「暴走」にストップをかける

第五章 カリスマ無き後

 カリスマ退任の衝撃度/鈴木氏引退表明の余波/新体制案の策定/ライバル企業への衝撃/くすぶる火種

終章 井阪隆一・セブン&アイHD新社長インタビュー

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【(4)セブン鈴木氏に死ぬか生きるかの勝負を挑んだ井阪氏

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経済の動きを追う記者の集団。金融市場の動き、企業動向、政府の経済政策や日銀の金融政策を日々追跡している。ワシントン、ロンドン、北京にも経済の専門記者を派遣している。

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