くらし下流化ニッポンの処方箋

足場から落ちて負傷した28歳建設会社員の治療費は

藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事

傷病手当金(3)

 「傷病手当金」は、業務外の病気やけがで仕事を休んだ時、収入のおよそ6割を保障してくれますが、給付期間は最長で1年6カ月です。症状や障害の程度によっては、別の制度への切り替えが必要です。建設現場で作業中に事故に遭った男性社員(28)のケースです。

足場から転落して入院・リハビリ

 ある日、埼玉県川口市の病院の医療ソーシャルワーカーから電話がありました。「建設現場の足場から転落した男性会社員(28)が、病院で寝たきりになっている。どうすればいいでしょうか」という相談でした。

 建設中のビル4階の足場から落ちて、脊椎(せきつい)を損傷したということでした。2週間ほど寝たきりで、その後手足を動かせるようになり、回復の見込みがあるのでリハビリを始めました。3カ月か4カ月ぐらい、入院しながらリハビリをして、何とか復職したいとがんばっていました。

 高校を卒業して建設会社に就職し、10年働いていました。給与は仕事が多いときは月30万〜40万円、仕事が少ないときは15万〜16万円ほど。歩合に近い給与体系です。仕事がないときは基本給ぐらいという働き方。

 4階から落ちてけがで済んだのはラッキーでしたが、下半身に機能障害が残りました。車椅子か松葉づえが必要。2人暮らしの母親はパニック状態で、何をどうすればいいのかまったく分からない、混乱した様子でした。

 男性の会社の社長や医療ソーシャルワーカー、担当医と今後のことを話し合いました。

労災に切り替えるまでのつなぎに傷病手当金

 社長が「こいつ治るんですかね」と尋ねると、医師は「足場を作るとか、現場の体力仕事は無理ですね」と答え、社長が「じゃあ、お前どうするんだ?」と本人に問いかけて、最後は辞めるしかないという結論になりました。その社長は労災保険を請求してくれました。

 男性は社会保険に加入していたので、休職中は傷病手当金の給付を受け、途中で労災、正式には「労働者災害補償保険」に切り替えました。さかのぼって労災適用となったので、これまでの傷病手当金を返還しました。

 本来、業務と関係する傷病の補償は労災保険で、業務外の傷病の補償は健康保険の傷病手当金でカバーするのが建前です。しかし、けがや病気発症の時点で業務上か業務外かを判断するのが難しいケースがままあります。また労災を申請し、認定されるまで時間がかかることも少なくありません。

 そこで、制度の趣旨からはある意味グレーな運用ですが、一定期間を傷病手当金でカバーした後、労災保険に切り替え、傷病手当金を返還することがあります。けがや病気による困窮期間発生を回避するための、現実的な制度利用です。

医療ソーシャルワーカーに相談して使える制度を知る

 こうした制度利用についてはまず、比較的大きな病院に常駐している「医療ソーシャルワーカー」に相談してみましょう。

 社会福祉の立場から、患者や家族の社会的・経済的問題を解決し、社会復帰の足がかりを作ってくれる専門職です。医療相談員と呼ばれることもあります。多くの場合、社会福祉士の資格を持っています。けがや病気で困惑する患者や家族に、どのような制度を使えばいいか、その方法や条件を教えてくれます。

 今回は、建設現場の事故なのでほぼ間違いなく労災が認められるケースでした。労災保険による補償は傷病手当金よりも手厚く、また重い障害が残った場合は生涯にわたって給付されます。治療費もカバーされます。

 厚生労働省が定める障害等級によると、労災上の障害等級は1〜14級まであります。8〜14級の障害に対しては「障害補償一時金」が、1〜7級に対しては、重度ということで「障害補償年金」が支給されます。歩行障害を伴う脊椎損傷は通常なら1〜7級のレベルとされています。

 見てきたように、けがや病気で仕事を休んだ場合、働けない期間の収入をカバーすることが、生活を破綻させないためにとても大切です。

 もっとも利用しやすいといわれる傷病手当金を上手に使いつつ、労災保険や、医療費が高額になった場合に一定の自己負担額を超えた部分が払い戻される「高額療養費制度」など、他の制度も組み合わせ、困窮状態を避けつつ治療・休養できるようにしましょう。

 <「下流化ニッポンの処方箋」は原則毎週1回掲載します>

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藤田孝典

藤田孝典

NPO法人ほっとプラス代表理事

1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。ソーシャルワーカーとして現場で生活困窮者支援をしながら、生活保護や貧困問題への対策を積極的に提言している。著書に「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版)「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」「ひとりも殺させない」「貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち」など。

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