社会・カルチャー戦国武将の危機管理

関所を設置して情報漏えいを防いだ今川義元

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 駿河・遠江2カ国を支配した段階の今川氏親が制定した「今川仮名目録」は、東国初の分国法として知られているが、その第30条に他国との通婚禁止の規定がある。今川家臣は氏親の許可なく、他国から嫁を迎えたり、婿に取ったり、娘を遣わしたりしてはならないという内容である。

 この氏親の制定した「今川仮名目録」を子の義元がさらに追加したものが「仮名目録追加」で、その第17条にさらにきびしい規定が盛りこまれていた。他国から音信があった場合、義元の承諾なく勝手に返信してはならないというのである。これは明らかに義元の危機管理といってよい。

桶狭間古戦場公園に設置された今川義元(右)と織田信長の銅像=2010年5月10日撮影
桶狭間古戦場公園に設置された今川義元(右)と織田信長の銅像=2010年5月10日撮影

関所に込めた二つの意味

 そして、このことと関係すると思われるのが、義元による関所の新設である。関所といえば、どうしても織田信長による関所撤廃ということがあるので、関所の新設というと、そうした先進的施策に逆行する動きをとっているように思われるかもしれない。しかし、関所設置には二つの意味があったのである。

 一つは監視のための関所で、もう一つは関銭徴収のための関所であった。実は、信長が撤廃した関所というのは、この二つ目の関所が主だったのである。どうしても、江戸時代の箱根の関所などのイメージが強いため、関所イコール監視目的と思いがちであるが、戦国時代までの関所は、むしろ関銭、つまり通行税徴収の関所が主流だったのである。

 荘園領主が、自分の荘園内に街道が通っていれば、勝手に関所を設け、通行人から通行料をまきあげていたのである。信長は、荘園領主の財源をたち切る目的と、商人たちの自由な往来を保障するため、関所撤廃にふみきったのである。

「今川義元戦死之地」の碑=桶狭間古戦場公園で2007年12月11日、鮫島弘樹撮影
「今川義元戦死之地」の碑=桶狭間古戦場公園で2007年12月11日、鮫島弘樹撮影

 では、一見、時代の流れに逆行するかにみえる義元による関所新設のねらいは何だったのだろうか。結論からいってしまえば、前述した「仮名目録追加」第17条との関連から、情報漏えいを防ぐのがねらいだったものと思われる。

他国に行く者に持たせた「伝馬手形」

 義元の時代、実際の文書が何通も残っているが、他国に行く者に「伝馬手形」というものを出している。通行証、いま風にいえばパスポートで、これを持っている者だけが関所を通過できるしくみだった。

 もう一つ注目されるのは、関所の管理を家臣や寺院にまかせていたことである。関銭徴収権も与えられているので、家臣たちにしてみれば知行ということになり、寺院の場合には寺領と同じ意味になる。情報漏えいを防ぐとともに一石二鳥の施策であった。

 <次回の「戦国武将の危機管理」は、9月19日掲載です>

経済プレミア最新記事へ

「年貢減免、すき・くわ付与」で百姓離散を防いだ秀吉

「年俸」を自己申告させた蒲生氏郷の家臣掌握術

落雷に備えて子3人を分散させた家康のリスク感覚

熊本で河川治水を成功させた加藤清正の意外な能力

相模・南海トラフ連続地震を好機に変えた北条早雲

小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…