くらしマンション・住宅最前線

「名前なし郵便受け」が増えても誤配が増えない理由

櫻井幸雄 / 住宅ジャーナリスト

 休日に友人宅に招かれ、「このマンションでいいんだよな」と建物に入る。集合郵便受けで名前を確認……と思ったら、名前が出ていない。他の号室もすべて名前なし。このマンション、人が住んでいるのかな、と不安になった経験はないだろうか。

 「表札を表に出さない」。これは、21世紀に入ったあたりから広がり始めた傾向だ。名前を表に出さない傾向は現在、さらに広がりをみせているが、果たして問題はないのだろうか。

携帯電話がない時代は氏名表示が必要だった

 昭和時代の住宅は積極的に居住者の名前を出した。一戸建てでは住所と家族全員の名前を掲げる家が多く、マンションでもエントランスの郵便受けに家族全員の名前を出す人がいた。

 マンションの場合、各住戸の玄関前には世帯主の名字と名前を大きく出したものである。同じ名字の人が複数いると下の名前まで出したほうがよいと考えられたから。同時に、憧れのマイホームを買ったのだから、堂々とあるじの名前を出したい、と考える人が多かったのも理由だろう。

 実際、当時のマンションの玄関前表札は、現在のものより倍以上大きかった。

 さらに、建物入り口の目立つところに居住者全員の名前を一覧表にして掲出するマンションまであった。これは、来訪者が一目で目指す家があるかどうかわかるようにしよう、という心遣いだった。当時は「知り合いの家に遊びに行く」ことが今よりも多かった気がする。遊びに来る人が多いので、分かりやすくしたわけだ。

 また、携帯電話がなかったので、迷うと確認がとりにくいという事情もあった。

個人情報保護と防犯で「名前なし郵便受け」が増加

 事情が変わったのは、20世紀の終わりごろから。まず、積極的に名前を出すことは、防犯上問題があると考えられるようになった。

 小さな子供の名前を出すと、その名前を呼んで子供を安心させ、連れ去られる危険性が指摘された。住所と姓名を表に出すと、それを書き写すだけで立派な住民リストを作成でき、悪用されることも分かってきた。だから、表に出すのは、最小限の名字だけとなったわけだ。

 また、携帯電話の普及で、「このマンションでいいんだよね」という確認が取りやすくなったことも、名前を出さなくなったことの背景にあるだろう。加えて、「憧れのマイホーム」という認識も薄れてきたのか……いや、今でもマイホームを手に入れたときの喜びは大きい。うれしいのだが、それ以上に表に名前を出すことへの抵抗のほうが勝っているというところだろう。

 それで、21世紀に入るころから、表に出す情報を制限するようになった。そこまでは、何も問題ない。問題はその先だ。

 現在、分譲マンション、賃貸アパートなどの集合住宅では、エントランスの集合郵便受けに一切名前を出さないケースが増え始めている。出すのは「101」とか「201」といった号室だけ。加えて、各住戸の玄関前でも号室だけで名前を出さない人がいる。

 昨今は,個人情報に関する規制が厳しくなり、名前や住所、生年月日などは大切な情報だと考えられるようになった。名前は表に出さないほうがよいという考え方が強まったわけだ。

 名前を一切出さなくても、来客時には携帯やメール、LINEなどで確認を取るので支障は生じにくい。ただし、郵便物の誤配は増えてしまう。

郵便配達員の努力で誤配が防がれている

 日中、エントランスに管理スタッフが常駐しているマンションであれば、居住者の名前を確認することで誤配を防ぐことができる。しかし、管理スタッフがいなければ、郵便配達員は号室だけを頼りに郵便物を配達する。

 その後、誤配がなかったかどうか等を確認して、自前のリストを確立。郵便受けに名前が出ていなくても、正確に配達できるようにしている。つまり、郵便配達員の努力によって「名前を出さない郵便受け」は機能していることになる。

 じつはこれ、とてもありがたいことである。世界中で、こんなに親切な郵便配達員は少ないのではないかと思える。

 そのことを考えると、郵便受けに名前を出していない人は郵便配達員に感謝すべきだろう。郵便配達に出会ったとき、「いつもありがとう」と、ねぎらいの声をかけてもよいと思うのである。

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櫻井幸雄

櫻井幸雄

住宅ジャーナリスト

1954年生まれ。年間200物件以上の物件取材を行い、首都圏だけでなく全国の住宅事情に精通する。現場取材に裏打ちされた正確な市況分析、わかりやすい解説、文章のおもしろさで定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞、日刊ゲンダイで連載コラムを持ち、週刊ダイヤモンドでも定期的に住宅記事を執筆。テレビ出演も多い。近著は「不動産の法則」(ダイヤモンド社)。

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