社会・カルチャー戦国武将の危機管理

家臣の争いを「鉄火の神裁」で収めた武田信玄の深謀

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 現在、鉄火といえば、すぐ思い浮かぶのは鉄火丼とか鉄火巻きではなかろうか。マグロの赤身の色が、熱して真赤になった鉄と同じだからである。

 しかし、戦国時代から近世初頭にかけては、鉄火は、裁判の方法の一つであった。罪の有無を試すため、神前で熱した鉄を握らせ、数歩先の神棚まで運ばせるという裁判のやり方だ。悪事を働いていれば、その者が神罰によって火傷をし、鉄を取り落とすことになり、有罪とされるというものである。

 この鉄火が武田信玄のもとで行われていたことが「甲陽軍鑑」品(ほん)第四十七にみえる。この品第四十七は「公事之巻」との別名をもち、信玄にかかわる訴訟について具体例がいくつか記されている。

信玄公祭りで俳優の陣内孝則さんが扮した武田信玄=山梨県甲府市の舞鶴城公園で2016年4月9日、滝川大貴撮影
信玄公祭りで俳優の陣内孝則さんが扮した武田信玄=山梨県甲府市の舞鶴城公園で2016年4月9日、滝川大貴撮影

同僚を訴えた家臣に「鉄火を取れ」

 その中に、増城(ぞうじょう)源八郎の話がある。あるとき、源八郎が同僚の古屋惣二郎に臆病ひきょうの振る舞いがあると訴え出て裁判となった。対決させたが解決つかず、信玄が「鉄火を取れ」といい、鉄火による神裁が行われることになった。

 源八郎も惣二郎も信玄の家臣だった。結局、それぞれの家臣が代理の形で鉄火を取ることになり、はじめに増城源八郎の家臣が鉄火を取ったが、熱さのあまり、鉄火を落としてしまい、源八郎の敗訴が確定したというのである。

 このあと、源八郎は所領を没収されただけでなく、逆さはりつけにされたと「甲陽軍鑑」は伝えている。

 現在の感覚からすると、「鉄火を握ればやけどをするだろう」と考えるのがあたりまえで、「何ていいかげんな裁判なんだ」と、怒りの声が聞こえてきそうである。ところが、当時は、神の裁きとして一定の効力をもち、また、それが受け入れられていたのである。

恐怖心を逆手にとった「みせしめ」?

武田信玄が使っていたと伝わる軍配=信玄公宝物館提供
武田信玄が使っていたと伝わる軍配=信玄公宝物館提供

 では、この鉄火と、危機管理はどのような関係があったのだろうか。実は、「甲陽軍鑑」をみても、鉄火がいつもいつも行われていたわけではない。一種、みせしめのように行われていた形跡がある。

 熱した鉄を握ればどうなるかは当時の人びとであってもわかる。おそらく、信玄は、人びとがもっている恐怖心を逆手にとったのではないかと思われる。というのは、この頃、領地争いなど、訴訟が頻繁におこされていたからである。

 分国法「甲州法度之次第」がありながら、常に訴訟がおこされており、信玄は、たまに鉄火をやることで、無秩序な訴訟を抑制させていたものと思われる。

 それにしても、どちらを先に鉄火を握らすかは、どのように決めていたのか気になるところではある。

 <次回の「戦国武将の危機管理」は、11月14日掲載です>

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com

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