思いを伝える技術

電通過労自殺を「情けない」と責めた教授の情けなさ

川井龍介・ジャーナリスト
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午後10時に一斉消灯された電通の本社ビル(左)=2016年10月24日、猪飼健史撮影
午後10時に一斉消灯された電通の本社ビル(左)=2016年10月24日、猪飼健史撮影

 大手広告代理店電通の女性新入社員の自殺が「過労自殺」だったと労災認定された事件は、雇用主である電通の企業責任が厳しく問われています。この女性は、昨年4月に入社し、長時間の過重労働によってうつ病を発症し、自殺に追い込まれました。

 母子家庭で育ち、努力の末東京大学に入り、就職して母親を楽にしてあげたいと願っていたといいます。これから先の人生にはさまざまな可能性や夢があったでしょう。それが過重労働の上、「君の残業時間は会社にとって無駄」などと上司から言われ精神的にも追い詰められていました。

新入社員が自殺し、労災と認定された問題で、電通本社に強制調査に入る東京労働局と三田労働基準監督署の職員=2016年10月14日、内藤絵美撮影
新入社員が自殺し、労災と認定された問題で、電通本社に強制調査に入る東京労働局と三田労働基準監督署の職員=2016年10月14日、内藤絵美撮影

 残された遺族のことを思い、多くの人が胸を痛めたはずです。ところが、世の中には別の見方もありました。武蔵野大学グローバル学部の経済を専門とする教授が、自殺した女性の責任を問うような言葉をインターネット上に投稿しました。

 「月当たり残業が100時間をこえたくらいで過労死するのは情けない。会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」などという確信に満ちた発言でした。

「言葉が乱暴だった」と謝罪したが……

 大学で教鞭をとる、それも経済を専門とする人として、過労・過労死問題に対する認識の低さ、労災と認められた事案で、被災者の責任を問うという良識のなさに、多方面から批判が噴出しました。遺族の心情への配慮もなく死者に鞭(むち)打つという点で倫理的にも問題があると指摘されました。

 批判を受けて教授は、言葉の選び方が乱暴だったことと、とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が適合しているか考慮が欠けていたことを反省点としてあげました。そして、「以後、自分の専門領域を中心に、言葉を慎重に選び、様々な立場、考え方の方々がいることを念頭において、誠意あるコメントを今まで以上に心がけてまいります」と、謝罪しました。

 言い方が悪かった、今の時代に合わなかった、そしてさまざまな考えの人がいることへの配慮に欠けた点を謝罪しています。しかし、問題は言い方ではなく内容です。過労死問題はもう30年ほど社会問題になっているわけですから今の時代だけの問題ではありません。そしてさまざまな考えの人がいるから問題となったのではなく、発言そのものが問題だったわけです。

 残念ながら、自らの発言の問題点への精査に欠け、関係者への心からの謝罪の言葉ではないことがわかります。この教授は、働き方について言いたかったことは別にあったのかもしれません。また、直接話を聞いてみれば違った印象を受けたかもしれません。しかし、ネット上の発言を見た人は、書かれた言葉だけから判断するしかないのです。

弱い立場の人への影響をよく考えて

 子どもの貧困を扱ったNHKのニュース番組で、体験を語った女子高生に対して、インターネット上で「エアコンらしきものが映っている」「貧困ではない」などといった批判が相次ぎました。生徒の容姿の中傷や自宅の写真までアップされました。

 のちに「エアコンが映っている」と報じていたインターネットメディアが、事実誤認だったと謝罪しました。その一方で、事実関係が明確になっていない時点で、ある参院議員が、女子高生が本当に貧困かどうかを疑問視する発言をしました。貧困や生活保護について持論のあるこの議員は、番組自体にも異論があったのでとにかく言いたかったのでしょう。

 貧困問題やそれを取り上げるマスコミに対する意見はさまざまで、大いに議論されて当然です。しかし、国会議員という権威も権力もあり、経済的に困ることなく自分の信念のために仕事ができる人が、想像によって発言したことで、一女子高生を責めるような結果になったことは、傲慢だと言われても仕方ありません。せめて自分で、問題の番組内容なりを調査してから発言するべきだったでしょう。

 教育現場でも会社でも同じです。強い立場にいて自由にものが言える人ほど、とかく自説を表明することに一生懸命になり、すぐに何かを断罪しがちです。しかし、それが弱い人に影響を及ぼす可能性があるかどうか、考える慎重さがほしいものです。

 <「思いを伝える技術」は、隔週水曜日に更新します>

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川井龍介

ジャーナリスト

1980年慶応大学法学部卒。新聞記者などを経てフリーのジャーナリスト、ノンフィクションライター。実用的な文章技術を説いた「伝えるための教科書」(岩波ジュニア新書)をはじめ「大和コロニー~フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)、「フリーランスで生きるということ」(ちくまプリマ―新書)を2015年に出版。このほか「ノーノー・ボーイ」(ジョン・オカダ著、旬報社)の翻訳をてがける。