大河ドラマ「真田丸」で近藤正臣さんが演じる本多正信=NHK提供
大河ドラマ「真田丸」で近藤正臣さんが演じる本多正信=NHK提供

社会・カルチャー戦国武将の危機管理

「失火は切腹」と命じた家康に反論した腹心・本多正信

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 「徳川実紀」の「台徳院殿御実紀」に、慶長14(1609)年7月14日のこととして、「ことさらに令して煙草を禁ぜらる。烟を吸とて火をあやまつもの多ければなり」と、徳川家康が禁煙令を出したことを記している。たばこは戦国時代に南蛮貿易の隆盛とともに東南アジア経由で入っており、吸う人が多かったのである。

大河ドラマ「真田丸」で内野聖陽さんが演じる徳川家康(右)と近藤正臣さんが演じる本多正信=NHK提供
大河ドラマ「真田丸」で内野聖陽さんが演じる徳川家康(右)と近藤正臣さんが演じる本多正信=NHK提供

 家康が禁煙令を出した背景には、駿府城築城中におきた度重なる火事があった。家康は将軍職を子秀忠に譲ったあと、隠居城として駿府城の築城にかかったが、完成間近の慶長12(1607)年12月22日に、城中の失火で燃えてしまった。すぐ再建にかかり、できあがった駿府城の一部が同14年6月1日にまた炎上してしまったのである。

 この6月1日の火事は放火だったようで、「当代記」によって、下女2人が火あぶりの刑、奥女中2人が島流しとなっている。大坂の豊臣方との間が微妙になってきたときで、大坂方の放った間者による放火だったかもしれないが、家康はたばこの火の不始末との見方ももっていたようで、禁煙令となったわけである。

大河ドラマ「真田丸」より=NHK提供
大河ドラマ「真田丸」より=NHK提供

お触れを出せと命じた家康

 こうした火災に関する危機管理の点で注目されるのが、家康と本多正信とのやりとりである。これは、「東照宮御実紀付録」に収められているエピソードで、何年何月何日という記述はないが、「駿河にて度々火災有し時」とあるので、ちょうどこの頃のことであろう。家康は度重なる火事に我慢できず、「此後あやまちても火を出したる者は切腹せしむべし」という触れを出すよう本多正信に命じた。

 その日、正信は「かしこまりました」と家康のもとを辞したが、翌日、家康から「あの触れは出したか」といわれたとき、正信はつぎのように返答しているのである。原文のまま引用する。

 《 もし、火をあやまつるものは必ず切腹せしむべきよし命ぜられんに、此後、井伊兵部などが宅より失火候はんに、切腹命ぜらるべからず。かろき御家人ども火を出す時は切腹させ、兵部等はゆるされんとありては、法度たち申まじく候へば、かやうの事は下に令すべきにあらず 》

大河ドラマ「真田丸」より=NHK提供
大河ドラマ「真田丸」より=NHK提供

冷静だった本多正信の反論

 ここに「井伊兵部」とあるのは重臣筆頭の井伊直政の子直勝のことである。「切腹命ぜらるべからず」は「切腹を命ずることはできないでしょう」の意味だ。身分の低い御家人には切腹させ、兵部はゆるすというのでは、法度の意味がないので、このようなことは下に命令すべきではありませんと反論したのである。家康もこれには一本取られた形で、「火を出した者は切腹」という触れは出されなかった。

 いかに優秀なリーダーであっても、頭に血がのぼってカッカすることはある。その際、家康には常に冷静沈着な本多正信がいたことがどんなに救いだったかはかりしれない。

 <次回の「戦国武将の危機管理」は毛利元就が登場します。譜代家臣の横暴に手を焼いた元就がとった行動とは? 11月28日掲載です>

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com

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