社会・カルチャー戦国武将の危機管理

有力家臣粛清で戦国大名にのし上がった毛利元就

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 安芸の国人領主にすぎなかった毛利元就が戦国大名へ飛躍する画期となったのが、井上衆誅伐(ちゅうばつ)事件とか井上一族粛清事件とよばれているできごとである。天文19(1550)年7月13日におきている。

 井上氏は毛利氏の譜代家臣であるが、井上光教のときには当主・毛利豊元の妹を妻とするなど、ほぼ対等に近い関係であった。光教の曽孫にあたるのが元兼で、元就に仕えていた。

 元兼には、「自分が井上氏の総領家だ」という思いがあり、強い自立性をもっていたのである。譜代家臣とい…

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com