戦国武将の危機管理

家老と軍師を能力本位で選んだ戦国大名・朝倉孝景

小和田哲男・静岡大学名誉教授
  • 文字
  • 印刷

 江戸時代、「忠臣蔵」で有名な大石内蔵助は、赤穂藩主浅野家の家老だった。親が家老だったので、家老職を世襲していた。これはどこの家でも同じで、親が家老だったら子も家老になるというのが一般的だった。その代わり、親が足軽なら子も足軽ということになる。

 戦国時代においても、たとえば播磨の小戦国大名だった小寺政職(まさもと)の家老、黒田職隆が、44歳のときに隠居し、22歳の子、孝高(よしたか)=如水=に家老職と姫路城主としての地位を譲っているので、世襲制がみられる。

 この職隆から孝高へのバトンタッチの場合、孝高が有能だったので問題はおこらなかったわけであるが、まかりまちがえば、家を滅ぼしかねない。江戸時代のような天下泰平の時代とは異なり、戦国時代は、家老が有能か無能かはお家の存続に直結してくるからである。これは、家老だけでなく、当時、軍配者(ぐんばいしゃ)などといわれた軍師にもあてはまる。

この記事は有料記事です。

残り860文字(全文1255文字)

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com