東芝問題リポート

福島事故とシェールガス革命で傾いた東芝米原発事業

編集部
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米国産シェールオイルの掘削装置=米南部オクラホマ州マリエッタ近郊で2015年5月11日、清水憲司撮影
米国産シェールオイルの掘削装置=米南部オクラホマ州マリエッタ近郊で2015年5月11日、清水憲司撮影

 2011年3月、東日本大震災が日本を襲い、福島第1原発事故が発生した。6基のうち3基が運転中で、3基は定期検査中だった。運転中の3基は地震で自動停止したが、津波で非常用を含め全電源を喪失し、注水できずに冷却ができなくなった。

 建屋内にたまった水素が相次いで爆発を起こして建屋が崩壊し、大量の放射性物質を放出した。運転中の3基はメルトダウン(炉心溶融)を起こしたことが後にはっきりする。建屋が次々爆発する映像が流れ、複数の原子炉がコントロール不能に陥ったときの恐ろしさに世界が震え上がった。

 この事故で、世界各地で原発新設需要が一気に冷え込んだ。気候変動を防ぎ、エネルギーの安定供給も図れるという観点で原発回帰の機運が盛り上がった「原子力ルネサンス」は、原子力発電が「クリーンエネルギー」であるという擬制のうえに成り立っていた。それが根底からひっくり返ったのである。

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編集部

長く経済分野を取材してきた川口雅浩・毎日新聞経済部前編集委員を編集長に、ベテラン・若手編集者が経済・社会の最新情勢を追います。
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