くらし下流化ニッポンの処方箋

「中間層の憤り」が社会を分断“貧困ニッポン”の危機

藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事

貧困クライシス・インタビュー(1)

 連載「下流化ニッポンの処方箋」が本になりました。3月1日発売「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版、972円)です。3月30日(木)午後6時半からの出版記念トークライブ「藤田孝典さんと考えるニッポンの未来」を前に、藤田さんにニッポン社会の危機と、未来への希望について聞きました。【経済プレミア編集部・戸嶋誠司】

「貧困自己責任論」をたたき潰したい

 --昨年6月の連載開始以来、あらゆる世代の貧困状況をこれでもかこれでもかというほど取り上げ、紹介してきました。「暗い話を広めるな」という批判も強かったようですね。状況は少しは変わったと思いますか?

 ◆藤田 「下流老人」を出版した2015年以降、貧困に対する社会の認知は少しずつ進んだと思います。所得が落ち込み、みんなが生活に困りやすくなっている状況が、肌感覚で理解され始めたのでしょう。誰もが「いつ自分がそうなるか分からない」という不安を感じ、当事者として考えられるようになってきたのだと思います。逆に言えば、「貧困が身近に」なったのかもしれません。

 その結果、全国での講演回数も増え続けています。不安なので話を聞きたい、もう少し貧困の実情とその対策を知りたい、と考える人が多くなりました。そこでは「一生懸命働いて、努力しているのに、困窮から抜け出せないのはなぜか」とよく質問されます。

 今回の本「貧困クライシス」でも、困窮は社会構造の問題であることを重ねて指摘しています。「自分が悪いわけではない」ということの意味を、もっと多くの人に考えてほしいと思い、本にまとめました。自己責任論をたたき潰したいのです。

 --「貧困自己責任論」は私たちの心に刷り込まれています。

 ◆貧困バッシングや生活保護受給者批判を見ても、「貧困は本人のせい」「努力しないで怠けていたからだ」という批判が相変わらず強い。貧困への差別と偏見は、自己責任という感覚の裏返しです。

藤田孝典さん
藤田孝典さん

 だからこそ、連載では、貧困に至った登場人物の生活ディテールをしつこく細かく紹介しました。自己責任なんてとんでもない、誰もがいつこうなってもおかしくないんだ、という実態を広く訴えたかったのです。

 2年前、「下流老人」の講演に行くと、「貯金をしていなかった本人が悪い」「若いころから計画性を持って生きてこなかったためだ」という発言が多かった。「貧困は個人の努力で防ぐもの」という意識ですね。

 しかし、アベノミクスの限界が見え、グローバル化や少子高齢化によって社会経済構造が激変しようとしている今、「個人の努力にも限界があるよね」というふうに、認識は変わってきました。ただし、「じゃあどうすればいいのよ」という不安は消えず、回答も用意されていません。

家族だけでは解決できない問題

 --自己責任でなんとかするしかないと思っていたが、「どうもそうではないらしいぞ」と気づき始めた2年間、ということでしょうか。

 ◆まだ揺れていますよ。下流老人にならないために、どんな保険に入ればいいか、どんな商品を買えば貧困にならないのかと悩んでいます。それは個人の努力でしかありません。

 これまで日本の社会福祉・社会保障は、家族に頼っていました。個人や家族で乗り切るという精神論で立ち向かわざるを得なかった。家族原理主義以外の規範がないのです。では、家族の力が弱まったらどうするのか。その時の選択肢がそもそも少ない。家族主義からの脱却は、日本の社会福祉の主要目標の一つだと思っています。

 --でも、政治は伝統的な家族観を持ち出して、家族内で解決しろと強要してきます。

 ◆社会の最小単位である家族が最初に支えるのは自明ですが、家族間の関係は思ったほど強固でもなく、しかも揺らいでいます。世帯所得が下がっているので、助け合いはすぐに負担に変わります。

 家族が大事、家族はお互いに温情と慈愛に満ちているものだという言説は、DV(ドメスティックバイオレンス)や児童虐待の増加を説明できません。だから、どのような家族であっても、社会の側に最低限の保障、困らないシステムを用意しておくことが必要なのです。誰もがそれを頼っていいという、意識の転換を強く促したいですね。

国境を超えて広がる分断と格差

 --経済情勢が好転したかどうかはともかく、貧困状況を表す指標はどんどん上昇しています。しかしながら、他者の境遇を想像できない人たちもいて、社会に分断が起きているように思えます。

 ◆2012年の相対的貧困率は16%あまり。6人に1人が相対的な貧困状態にありますが、そもそも、急に貧困が増えたわけではありません。ここ20年間で、中間層の人たちが塊として、ゆっくり下に落ちています。

 中間層の中や下にいる人たちは、さらに下に落ちないように必死に踏ん張っている。努力して、がんばっている人たちからは、貧困状態にある人たちがなぜがんばれないのか、分からない。「私のように努力すれば大丈夫なのに」という視線は、すぐに「努力をしないから貧しくなったのだ」という偏見に転じます。また、このような努力至上主義は、生活保護受給者などの弱者批判に結びつきやすいという特徴があります。

 --生活保護や外国人へのバッシングのことですか?

 ◆友人の井手英策・慶応大教授(財政社会学)は、中間層による弱者批判や移民バッシングを「反乱」と呼んでいます。彼は自分のブログ(http://ameblo.jp/eisku-ide/)でこう書いています。

 「中間層、とくにその中でも『中の下』の層の憤りが歴史を動かしているということ。転落の恐怖におびえる『中の下』が分厚く、かつ彼らが強い生活不安に襲われている国ほど、低所得層や移民層のバッシングが政治的に効果をもつ。『あなたたちの生活不安を生み出しているのは、あなたたちの仕事を奪い、福祉を乱費し、財政を危機に陥らせているあいつらだ』という具合に。英米の物語は対岸の火事ではない」

 英国のEU(欧州連合)離脱決定や米国のトランプ大統領誕生の背景が、貧困や所得格差をめぐる日本の状況と似ているという指摘です。一生懸命がんばっても報われないのは敵ががいるからじゃないか、というバッシングの連鎖は、国境を超えて広がっている。その結果、日本でもあらゆる場所で分断が起きています。

 本のタイトル「貧困クライシス」には、貧困だけではなく、貧困を巡る社会の分断こそが危機である、という思いも込めています。誰かをたたいても、自分の暮らし向きが良くなるわけではないし、誰かを幸せにするわけでもない。闘うべき相手を間違えてはいけないと、強く思います。

 <次回「若者と女性は活躍できるか“人口減社会”のサバイバル」>

藤田孝典さんの新著「貧困クライシス」好評発売中

 藤田孝典さんの連載「下流化ニッポンの処方箋」をまとめた「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(藤田孝典著、毎日新聞出版、972円)が3月1日に発売されました。相対的貧困率が16%に達したニッポンの現状を細かな事例とデータで検証し、その解決法を読者のみなさんと一緒に考えます。全国の書店、アマゾンでお買い求めいただけます。

貧困クライシス トークライブ!藤田孝典さんと考える「ニッポンの未来」

 3月30日(木)午後6時半~8時、東京都千代田区一ツ橋1のパレスサイドビルB1毎日ホール(地下鉄東西線竹橋駅直結)で開催します。いま、どのような新しい仕組みが必要なのか、良き未来を作るための発想の転換を来場者のみなさんと一緒に考えます。入場無料、予約制です。予約は毎日メディアカフェのサイトからどうぞ。

下流化ニッポンの処方箋

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藤田孝典

藤田孝典

NPO法人ほっとプラス代表理事

1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。ソーシャルワーカーとして現場で生活困窮者支援をしながら、生活保護や貧困問題への対策を積極的に提言している。著書に「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版)「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」「ひとりも殺させない」「貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち」など。

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