藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

藻谷浩介が見た「昔ドイツ今ロシア」カリーニングラード

藻谷浩介・地域エコノミスト
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ケーニヒスベルク大聖堂でパイプオルガン演奏を聴く(写真は筆者撮影)
ケーニヒスベルク大聖堂でパイプオルガン演奏を聴く(写真は筆者撮影)

 旧ソ連が、第二次大戦時にドイツから「戦利品」として奪い取った、バルト海の港町・カリーニングラード。プロイセン王国建国の地・ケーニヒスベルクとしての栄光の歴史を秘めつつ、現在はロシア共和国の飛び地として、EU(欧州連合)の国々に囲まれて孤立している。

 空港での入国審査もなく、あっけなく入れてしまった、旧ソ連時代の閉鎖都市・カリーニングラード。

 元々は13世紀からドイツ騎士団が東方殖民して開いた町で(源氏や平氏がそれにやや先んじて関東平野を開拓したのと類似している)、その後もプロイセンの中心地として、後にドイツ帝国の主要都市の一つとして発展、第一次大戦敗戦後もワイマール共和国の飛び地として残った場所である。

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。