ケーニヒスベルク大聖堂でパイプオルガン演奏を聴く(写真は筆者撮影)
ケーニヒスベルク大聖堂でパイプオルガン演奏を聴く(写真は筆者撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

藻谷浩介が見た「昔ドイツ今ロシア」カリーニングラード

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

ロシア・カリーニングラード編(2)

 旧ソ連が、第二次大戦時にドイツから「戦利品」として奪い取った、バルト海の港町・カリーニングラード。プロイセン王国建国の地・ケーニヒスベルクとしての栄光の歴史を秘めつつ、現在はロシア共和国の飛び地として、EU(欧州連合)の国々に囲まれて孤立している。

13世紀にドイツ騎士団が開いた町

 空港での入国審査もなく、あっけなく入れてしまった、旧ソ連時代の閉鎖都市・カリーニングラード。

 元々は13世紀からドイツ騎士団が東方殖民して開いた町で(源氏や平氏がそれにやや先んじて関東平野を開拓したのと類似している)、その後もプロイセンの中心地として、後にドイツ帝国の主要都市の一つとして発展、第一次大戦敗戦後もワイマール共和国の飛び地として残った場所である。

 そこが第二次大戦後に突然ロシア人の町にされてしまった。日本でなぞらえれば、鎌倉が戦後に突然ロシアの飛び地になってしまったようなものである。市街地はいったいどんな状況になっているのか?

ケーニヒスベルク城跡地にある「ソビエトの家」

ケーニヒスベルク城跡地に建設途上で放置された「ソビエトの家」
ケーニヒスベルク城跡地に建設途上で放置された「ソビエトの家」

 市街地の北、勝利広場の近くにある観光案内所にキャスターバッグを預かってもらい、身軽になってから、市の中心にある中州・カント島を目指す。一生をこの地で過ごしついに他地方に出ることのなかった哲学者カントに由来する名前だ。

 しかしながら第二次大戦で廃虚となったこの町の中心部に、ドイツ時代の建物は一つもない。後に旧ソ連が建てた、日本の都市にも似たチグハグ感あふれる街並みが続く。「スターリン建築マニア」(旧ソ連時代のマッチョでバッドセンスな建築デザインの「ずれ方」「残念さ」をめでる人たち)というディープな同好の士がいるが、彼らにとっては涙が出るほど面白い世界だ。対してプロイセン好きにとっては、涙さえ出ない状況だろう。

 小1時間南東に歩いて中央広場を越えると、中でも最も悪名の高い「ソビエトの家」が現れた。町のシンボルだったケーニヒスベルク城(大戦末期に英軍の空襲で破壊)の跡地に建てられ、完成前にソ連が崩壊して放置されてしまった高層建築物である。鶴岡八幡宮の跡に旧ソ連風のへんてこりんなデザインのビルが半分建って、それが建設途中で放置されている状態、と想像されたい。

 もちろん、日本の戦後にも似たような話は無数にある。戦前は国宝だった福山城のまん前に、城が町から見えないように設けられた3階建て高架の福山駅だとか。旧長岡城の真上に立っている長岡駅だとか。松江市の景観を台無しにしている多くの中高層ビルだとか。沖縄本島沿岸で唯一最大のサンゴ礁の残されている辺野古湾に(しかも大津波常襲地帯の本島東海岸に)埋め立て滑走路を造ろうとしている話だとか。ただ日本の事例は、日本人が自分で墓穴を掘っているところにまだ救いがある。

 ドイツ人から見れば、ロシア人が無残な結果を招いてしまっているこの現状は、笑い飛ばすにはあまりにも寂しいものだろう。ここは旧プロイセン王国建国の地であり、その最大のシンボルが、プロイセン王戴冠の儀式の行われたこの城だったのだから。案内所近くの「勝利広場」に面してあった、新しくて金ピカのロシア正教会が(もちろん戦後の新築)、広場の名前含め「ロシアから悪意を込めて」建てられたものであったであろうことが理解された。

戦前の状態を示す写真が随所に立つカント島
戦前の状態を示す写真が随所に立つカント島

広島の爆心地を思い起こさせるカント島

 さて、ソビエトの家の南を西流するプレゴリヤ川に架かった大きな橋を渡り、その中間地点から歩道橋でカント島に降りる。広島の相生橋の途中から南に向かって平和記念公園に渡るのとちょうど同じような構造だ(方角は90度ずれるが)。原爆ドームの位置にソビエトの家があるのも皮肉である。

 七つの橋で周囲とつながっていたこの中州は、かつてのケーニヒスベルクの中心商業地区であり、数学者オイラーのパズル「ケーニヒスベルクの橋」の元ネタになった場所だ。今は平和記念公園とまったく同様に、まるまる無人の公園になっている。木々が生い茂る中、向こうに見えるケーニヒスベルク大聖堂だけが、ソ連崩壊後にドイツの援助で再建された。その中にカントの墓所もあるのだが、彼の名著「永遠平和のために」が書かれた場所が、戦争で消滅してしまったとは。

写真に写る人たちは戦争を生き延びたのか……
写真に写る人たちは戦争を生き延びたのか……

 広島の爆心地も心の重くなる場所だが、風光が柔らかで未来への祈りに満ちている分だけ救いがある。いま目にするカント島の現状は、過去の清算もないままに無念な状況が積み重なったままだ。随所に、戦前のその地点で撮った写真が大きなパネルで掲示されており、写真の中の繁華な状況と、静かに木の生い茂る現状との対比がまた、鬼気迫る雰囲気をかもし出していた。

 大聖堂に入ると、観光客向けの数少ないアトラクションとして、パイプオルガンコンサートが行われていた。静かに座り、ぱらぱらといる聴衆と一緒に見事な演奏を聴く。ここが紛れもなくドイツであった時代が一瞬だけ、音色とともによみがえる感があった。(続く)

 <次回「藻谷浩介がロシア飛び地で見た“スターリンの亡霊”」>

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」は毎週月曜日の更新です。カリーニングラード編は全4回>

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【第1回 藻谷浩介が歩く「ロシアの飛び地カリーニングラード」

藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

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