職場のトラブルどう防ぐ?

育休取得申し出の男性社員を一喝した部長はマタハラか

井寄奈美・特定社会保険労務士
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 「君は一体何を考えているんだ!」--。ある会社の営業部の打ち上げで、営業部長Aさんの怒鳴り声が響き渡りました。無事に年度末を迎えた宴席の場でのことです。乾杯を終えて談笑していた部員40人ほどが凍りつきました。

 A部長に叱責されたのは入社5年目のB男さん。前年10月から2年間の予定で関連会社に出向していましたが、出向元の営業部から声がかかり、参加していたのです。何が起こったのでしょうか。

結婚した時から決めていた育休取得

 B男さんは、乾杯のあいさつが終わるとすぐにA部長のもとへ行き、周りの人にも聞こえる声でこう言ったそうです。

 「4月末に子供が生まれるので1年間の育児休業を取りたいです。結婚した時から、子供ができたら育休を取ると決めていました。社内規定には、『1カ月前までの申し出』が必要と書いてあります。今、お伝えすれば間に合いますよね。子供の出産が早まっても、連休前までは必ず出勤して引き継ぎは済ませます」

 その話を聞いたA部長の反応が冒頭の一言でした。B男さんが2年前に結婚したことは、A部長も知っていました。しかしB男さんの妻が妊娠していることは知らされていませんでした。

 通常、出向社員は、労働時間や休日などに関して出向先の就業規則に従い、管理されます。ただし、出向元と出向先が結ぶ出向契約では、「出向社員が私傷病、出産・育児・介護などで長期間にわたって労務提供ができない場合は出向元に戻す」と定められるのが一般的です。

 B男さんの出向元と出向先にも同様の定めがあり、出向者の数も一定にする取り決めがありました。B男さんが育休を取得することになると、出向を取り消して別の社員を新たに出向させる必要があるのです。

 出向元の会社では、男性社員が2週間から1カ月程度、育休を取得した実績もありました。マタハラ防止対策を講じるよう定めた2017年1月の改正育児・介護休業法施行に伴い、マタハラに関する研修も行っていました。それでもA部長が叫んでしまったのには、相応の理由がありました。

疑われた「社会人としての常識」

 一つ目は、B男さんの社会人としての常識が疑われる姿勢です。上司が宴席の場で、約1年ほど職場を離れることになる育休の申し出を部下から伝えられたのは、この会社では今までありませんでした。B男さんが出向中で、A部長と接する機会が少なかったとはいえ、事前に申し出ることはできたはずです。

 社内規定の内容は、申し出の期限を定めたものです。A部長は、B男さんが結婚当初から育休を取ることを希望していたのであれば、例えば、B男さんの妻の妊娠がわかった時点で相談すべきだと考えたのです。

 二つ目は、出向者であるB男さんの立場です。もともと出向先の関連会社の意向で、従来はB男さんより上の職位の社員を出向させていました。しかし、B男さんが関連会社で経験を積みたいと強く希望したので、無理を言って受け入れてもらっていたのです。

 B男さんの出向期間は2年。昨年10月に赴任して半年が経過するタイミングでした。B男さんが1年の育休を希望していることと、妻が妊娠していることが出向先に赴任する時点でわかっていれば、出向させることはなかったでしょう。

 とはいえ法律上は、突然であれ、B男さんの育休の申し出を会社が断ることはできません。年度末の打ち上げの時には、新年度の人事異動内示も終わっていて、A部長は新たに出向者を選任しなければならなくなりました。関連会社にも頭を下げることになったのです。

 4月中に慌ただしく引き継ぎを終わらせ、育休取得のためにB男さんは出向元に戻りました。しかしA部長とB男さんの間には、わだかまりが残っている状態だそうです。

会社は育休の申し出を断ることはできない

 育児休業は、養育する子が1歳に到達するまでの期間、働く人の申し出により取得できます。子供を保育所に預けられないなどの理由は必要ありません。B男さんの妻が専業主婦でも、B男さんは育休を取得できます。

 会社側は、取得の申し出を断ることはできません。また、取得を妨害するような言動は、場合によっては「マタハラ」と判断されかねません。

 しかし、働く人が周囲への影響や負担を考えずに、「権利だから」と突然申し出を行ったりすれば、「社会人として常識に欠ける」と言われても仕方ないでしょう。影響や負担が予想されるのであれば、できるだけ軽減するように行動したり準備したりする必要があります。

 B男さんのケースでは、少なくとも妻の妊娠がわかった時点で、出産後に育休を取る予定であることを上司に伝えておくべきでした。自ら強く希望して出向が決まったのですから、なおさらです。その時点で上司の判断を仰ぐべきだったと言えるでしょう。

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井寄奈美

特定社会保険労務士

大阪市出身。2015年、関西大学大学院法学研究科博士前期課程修了。現在、大阪大学大学院法学研究科博士後期課程在籍中(専攻:労働法)。01年、社会保険労務士資格を取得。会計事務所勤務などを経て06年4月独立開業。井寄事務所(大阪市中央区)代表。著書に『トラブルにならない 小さな会社の女性社員を雇うルール』(日本実業出版社)など。http://www.sr-iyori.com/