戦国武将の危機管理

“単身赴任”の部下に激怒した信長が焼き払った120軒

小和田哲男・静岡大学名誉教授
  • 文字
  • 印刷

 戦国武将の中で、最初に兵農分離に踏みきったのは織田信長である。それまでの戦国大名家臣団は兵農未分離であった。半農半士などといわれるように、平時、つまり戦いのない時には農業経営に携わり、「いざ戦い」という時だけ、武具に身を固め、武器をもって出陣する形である。「一領具足」などとよばれる土豪、すなわち地侍が主体の家臣団ということになる。

 なお、信長は居城を次から次へ移したことでも知られているが、これは、兵農分離がある程度進んでいたから…

この記事は有料記事です。

残り1058文字(全文1275文字)

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com