戦国武将の危機管理

伊勢水軍のスカウトで弱点を大補強した信玄のスゴ腕

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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JR甲府駅前にある武田信玄公像=2017年5月撮影
JR甲府駅前にある武田信玄公像=2017年5月撮影

 永禄11(1568)年12月、武田信玄は三河の徳川家康と結んで間に挟まれた形の今川氏真を攻め滅ぼしている。このとき、大井川を境にして、今川領だった駿河を信玄が取り、遠江を家康が取ったことは、信玄・家康の駿遠分割領有ということで有名である。

 それまで甲斐・信濃など海のない国々を支配していた武田氏としては、はじめて海をもつことになったわけで、当然、その時点では海賊衆とよばれる水軍力はゼロだった。信玄は今川氏を滅ぼす過程で今川家臣に対する内応工作を進めており、はじめは内応してきた旧今川家臣のうち、今川水軍を率いていた岡部忠兵衛を中心に新たに武田水軍を編成させたが、水軍力の点で勝る北条水軍と戦うには力不足の感が否めなかった。

 そこで信玄は岡部忠兵衛と相談し、全く別なところから水軍の大将を招致しようとした。この発想の転換が水…

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com