浜矩子・同志社大学大学院教授
浜矩子・同志社大学大学院教授

政治・経済経済プレミアインタビュー

英保守党大敗「鉄の女」を夢みたメイ首相の大誤算

編集部

浜矩子氏に聞く英メイ首相大敗の理由

 6月8日に行われた英国の総選挙で、与党保守党は過半数を割る大敗をきっした。メイ首相の思惑は選挙で大勝して強い態度でEU(欧州連合)離脱交渉に臨むことだったが、その目論見は崩れた。なぜ敗れたのか。今後のEUとの交渉の行方は……。英国の政治・経済に詳しい浜矩子・同志社大学大学院教授に聞いた。【聞き手は経済プレミア編集部、平野純一】

 ──英国の総選挙で与党保守党が敗れ、EU離脱問題もからみ混乱に陥っています。

 ◆浜矩子さん メイ首相はもともとはEU残留派でした。しかし国民投票の結果がEU離脱となり、保守党内もさまざまな意見が割れているなかで、強硬離脱派が過激なスタンスをとって、それを党執行部が抑えるという事態は避けたかったのだと思います。だから自分の意に反しても「強い態度で離脱に臨む」と言わざるをえませんでした。

安倍首相と会見に臨むメイ英首相(右)=2017年4月28日(首相官邸ホームページより)
安倍首相と会見に臨むメイ英首相(右)=2017年4月28日(首相官邸ホームページより)

 自分の信じることと違うことをやろうとすると失敗するという良い例です。選挙で勝てば強い態度で交渉に臨めると考えたと思いますが、いま総選挙をやらなければならない必然性は何もありませんでした。

 離脱交渉で頭がいっぱいなので選挙のマニフェストがいいかげんになってしまい、介護費用の負担額を引き上げると言って野党から「認知症税」などと言われ、墓穴を掘ってしまいました。

メイ氏はいつまで首相でいられるか

 ──身内の論理を優先させて結果がこれということですか。

 ◆党結束のために強い姿を見せなければいけないと思ったのでしょう。彼女の残留派の思想から最も遠いところで自分を演出させなければなりませんでした。さらに、彼女の意識のどこかにはサッチャー元首相があったのではないでしょうか。「鉄の女2.0」にならなければいけないと思ったのかもしれません。

 ──国内基盤が弱くなったことで、EUとの交渉に影響が出るのでは。

 ◆何らかの影響が出ることは間違いないですが、どのような形で影響を及ぼすのかはまだはっきりしません。

 選挙で大勝していれば、メイ首相がハードブレグジット(強硬離脱)的な交渉をして、それに反対する勢力が国内で騒いだとしても、抑え込むことができたでしょう。

 一方EU側は、誰が首相でもスタンスは変わらないという姿勢ですが、メイ首相と話して決めたことが英国議会を通るのかという懸念があります。その駆け引きがどうなるのか、まだよく分かりません。そもそも、彼女がいつまで首相でいられるのかという問題もあります。

メイ首相の政策を批判する英労働党のコービン党首(三沢耕平撮影)
メイ首相の政策を批判する英労働党のコービン党首(三沢耕平撮影)

再びの国民投票はありうるのか

 ──交渉期限の2019年3月が近づいてきて、それでもその後のことが何も決まらないままの強制離脱もありうるのでしょうか。

 ◆もしそうなると、英国とEU間の貿易ルールは世界貿易機関(WTO)のベースだけになります。そのほかにも、例えば原発の核廃棄物の取り扱いは欧州原子力共同体(EURATOM)で決まっていますが、離脱後にどうするのかを決められなければ、核廃棄物処理の問題が生じてしまいます。

 ──期限に近づいて交渉に進展がなければ、「やはり離脱はやめた」ということはありえますか。

 ◆もしEUが助け舟を出せば、英国がもう一度国民投票を行うことも可能かもしれません。

 何も状況が変わらないのに再び国民投票を行うことは民主主義の原理を無視することになるのでできませんが、もしEU側が何か新しい条件を出せば、「状況が変わったので再び国民に是非を問います」という理屈が成り立ちます。そこで残留派が勝てば、離脱問題は当面なくなります。

キャメロン氏の二の舞いをやったメイ首相

 ──そもそもキャメロン前首相が国民投票をやろうと言い出さなければ……。

 ◆そうです。あれも党内対策でした。やはり目先の内輪の問題を国の将来を問うような大きな問題と結びつけてはいけないのです。その意味ではメイ首相もキャメロン氏と同じ轍(てつ)を踏んでしまいました。

 メイ首相は政権維持のために北アイルランドの民主統一党(DUP)と連立を組むことにしていますが、DUPの政策はEU離脱に関しても保守党と考え方が違う部分があり、これこそ、日本の政界で安直によく使われる「野合」という言葉がふさわしい。

メイ首相の戦略ミスを解説する毎日新聞紙面(6月10日付け)
メイ首相の戦略ミスを解説する毎日新聞紙面(6月10日付け)

 ──英国はEUの初期メンバーでもないので、どこかEUと距離をとっている部分があります。

 ◆そこがおもしろいですね。1958年の大陸欧州の仏独(西独)伊など原加盟6カ国による発足からずっと遅れて、英国は73年に加盟しました。やはり英国は異分子なんです。

 大陸側はフランスのマクロン大統領の勢いが出てきましたし、ドイツのメルケル首相も粘り腰で頑張って、新たな独仏枢軸ができつつあります。欧州は新たな局面に入ってきたと言えるでしょう。

 いずれにしても、EU離脱問題は英国の「パンドラの箱」です。箱は開いてしまったので、最後に希望が顔を出すかどうか。その時に出てくる希望とはどんな顔をしたものかということなのでしょう。

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長く経済分野を取材してきた今沢真・毎日新聞論説委員を編集長にベテラン・若手編集者が経済・社会の最新情勢を追います。
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