カスピ海湖畔の公園から見た火焔タワー(写真は筆者撮影)
カスピ海湖畔の公園から見た火焔タワー(写真は筆者撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

民族と言語のモザイク アゼルバイジャンを藻谷氏歩く

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

アゼルバイジャン・バクー編(2)

 東アジア人種を「モンゴロイド」と呼ぶのに対し、白人種は「コーカソイド」(コーカサス人)と呼ばれる。だがそのコーカサスはどこにあって、日本からはどうやって行くのか? 名前からして白人種の故郷なのだろうけれども、今はアジアなのか、ヨーロッパなのか? 安全なのか、危ない場所なのか? 強烈な個性を持ちながら日本ではほとんど紹介されることのない旧ソ連・コーカサス3国(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)の、行ってみて初めてわかる実像。アゼルバイジャンの首都バクーの第2回。

イランとロシアに挟まれたトルコ系の国

 モスクワ経由でアゼルバイジャンの首都バクーに着き、空港ですんなりとアライバルビザを入手して入国した筆者。まずは成り金趣味の空港ロビーを検分する。時間は午後7時少し前。出発口には、明朝8時台までに出る計26便の時刻が表示されていた。このコーカサス最大の都市(人口200万人)からは、どこ行きの便が飛んでいるのか。

 国交断絶のアルメニアはもちろん、ジョージア行きの便もこの時間帯にはない。南隣のイラン行きが2便、その西のイラク行きも2便、ドバイ行きが1便。東方面はカザフスタン、トルクメニスタン、パキスタン行きが計4便。ロシア行きも4便(うちモスクワは1便だけ)、そして西にやや離れたイスタンブール(トルコ)行きが最多の6便だ。

5月28日広場に面するバクー駅。イスラム国だが髪を覆っている女性は少なく、白人系の顔が目立つ
5月28日広場に面するバクー駅。イスラム国だが髪を覆っている女性は少なく、白人系の顔が目立つ

 トルコとの交流が多いのも当然で、当地在住者の9割を占めるアゼリー人の使うアゼルバイジャン語は、トルコ語と大差ない。だがそのトルコと当国の間には、同じシーア派の国とはいえインド・アーリア系のペルシャ人の多いイランと、第一次大戦時のトルコ人による虐殺を深く恨み続けるアルメニアが立ちはだかる。

イランにも多く住むアゼリー人

 ちなみにアゼリー人の過半数は、アゼルバイジャンではなくイランに住んでいる。19世紀初頭にロシアが南下してコーカサス地方を併呑した際に、イランとの間に引かれた国境線が、アゼリー人の居住地を分断したというわけだ。第1回で言及した当国の飛び地・ナヒチェバンも、そのとき一緒にロシアに占領された経緯からソ連崩壊時に一緒に独立したが、そもそもイラン国内のアゼリー人居住地帯と無理なく連続する場所である。

 似たような事例として思い起こされるのは、トルコとイランとイラクに分かれて住むクルド人(インド・アーリア系)だが、ソ連崩壊でロシア側だけでも独立できたアゼリー人に倣い、彼らもイラク崩壊を奇貨として旧イラク側だけでも独立しようとしている。

バス・地下鉄共通のICカード「バクーカード」
バス・地下鉄共通のICカード「バクーカード」

トルコ、ペルシャ、アラブ、1000年続くにらみ合い

 トルコにしてみれば、このアゼルバイジャン、カスピ海を超えた先のトルクメニスタン、中央アジアの要に当たるその先のウズベキスタンやカザフタン、さらには中国領だがシルクロード最大の都会に成長したウルムチを擁する新疆ウイグル自治区と、トルコ系の民族の住む地区を東西につなげて連携したいだろう。

 言葉は通じるし、トルコにはない石油も、アゼルバイジャンやトルクメニスタンには豊富にある。自国内のクルド人にはトルコ語教育で同化を迫っているのだから身勝手だが、中国の新疆ウイグル自治区では漢族がトルコ系を圧迫しているわけで、因果応報というか業の連鎖というか、そうそう自分に都合のいい方向ばかりにも話は進まない。

 対するイランにすれば、国内のアゼリー人が分裂運動を起こしトルコを利するのはもってのほかであり、そのためもあって「イスラムの大義」を掲げ、彼らやクルド人の分派活動を抑え込んでいる。このトルコ系、ペルシャ系、それにイラク以南のアラブ系の鼎立(ていりつ)は1000年以上も続いているわけだが、米国の多年の制裁で経済的に弱っているイランが今後ゆっくりと本来の地力を取り戻していけば、ますます三すくみ状態が強まるだろう。

バクーの地下鉄の駅
バクーの地下鉄の駅

ライトアップされた「火焔タワー」

 小奇麗な空港バスに乗って、都心の終点「5月28日広場」まで30分弱。バクーカードというICカードを買わないと乗車できない仕組みで、その購入に少々手間取るが、時刻表を明示し24時間運行で便利だ。広場からは地下鉄で旧市街に取った宿に向かう。旧ソ連圏に共通の、大深度に掘られた、駅間距離の長い設計だ。

 乗客の顔を見るに、これをトルコ系というのか、ロシア系というのか、「色白のアジア人」ではなく、「少しだけ色黒の白人」という感じである。言語はトルコ語(日本語や韓国語も属しているとの説もあるアルタイ語族)でも、DNAはやっぱりコーカソイドなのだ。

グラスにはトルコブランド「エフェス」の名があるが、飲んでいるのはアゼルバイジャン自慢のビール
グラスにはトルコブランド「エフェス」の名があるが、飲んでいるのはアゼルバイジャン自慢のビール

 ちなみに旧ソ連の好影響というべきなのか、原理主義を政府が弾圧しているからなのか、当地はいわゆる「世俗派ムスリム」の国であり、女性でも髪や顔を覆っている人は少なく、滞在中街中にアザーン(コーランの朗誦)が響くこともなかった。

 そもそもこの国の名物は、昔からビールとワインなのである。世界遺産にも登録されている迷路状の旧市街を少々さまよった末に宿に着き、4階のレストランで、うわさ通りにおいしい地元ビールと、骨付きラム肉をいただく。

夜の火焔タワー(3本のうち1本は後ろに隠れている)。右側のビルには明かりがあるが左側は真っ暗なように見える
夜の火焔タワー(3本のうち1本は後ろに隠れている)。右側のビルには明かりがあるが左側は真っ暗なように見える

 窓の外に、奇怪な曲線の3連の高層ビル「火焔(かえん)タワー」(高さ190メートル)が見える。形状も、赤系が中心のライトアップも、いかにもムスリムの成り金産油国という感じだ。だがよく見ると、ビルの室内にはほとんど明かりがついていない。もしかして張リボテ? 明日確かめに行かなくては。(続く)

 <次回「“火焔タワーと油の湖面”石油が作り上げた首都バクー」>

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

 <藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」は毎週月曜日の更新です。アゼルバイジャン・バクー編は全3回>

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【第1回 アゼルバイジャン・バクー カスピ海沿いの複雑国家

藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

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