社会・カルチャー戦国武将の危機管理

籠城兵に“土入り米俵”を見せた武田家臣依田信蕃の執念

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 武田信玄・勝頼2代に仕えた家臣に依田信蕃(のぶしげ)という武将がいた。「武田二十四将」には入らないが武田氏の家臣としていくつかの城の守備にあたり、衰退期の武田領国を支えた一人として知られている。

 天文17(1548)年、信濃国衆芦田信守の子として生まれ、そのため、芦田信蕃と書かれることもある。永禄2(1559)年、父が武田信玄に従属することになったとき、人質として高島城に出されている。

 のち、同12(1569)年12月の駿河侵攻時には、父信守とともに駿河蒲原城(静岡市清水区)の守備に…

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com