大桃豆腐の「權座」寄せ豆腐=小高朋子撮影
大桃豆腐の「權座」寄せ豆腐=小高朋子撮影

社会・カルチャー「この人、この土地」だから生み出せる一品

「こだわりの大豆とにがりだけ」東京・池袋の豆腐店

小高朋子 / 旅食ライター・カメラマン

 バランスのよい大豆の香りと甘み、そして濃厚でなめらかな舌触り。東京都豊島区にある「大桃豆腐」の絹豆腐「權座(ごんざ)」(1丁230円、税込み)は、まずは一口、調味料や薬味なしで味わいたい。次に天然塩をかけて、最後に好みの薬味をつければ、3度も違いを楽しめる。晩夏の夜のビールのお供に、みそ汁の具材に、あるいは辛みをつけた麻婆豆腐にと、飽きがこない大豆のうまみを存分に味わってほしい。

大桃豆腐は池袋の住宅街にある
大桃豆腐は池袋の住宅街にある

東京の住宅街にたたずむ小さな店

 大桃豆腐は、JR池袋駅から北に徒歩10分の住宅街にある。朝7時ごろから仕込みが始まるが、一度に作れるのは約40丁。同社代表で3代目の大桃伸夫さん(52)と家族2人で、1日に7~8回ほど豆腐を作る。「權座」のほかに「池袋豆腐」「木綿」や、くみ湯葉、がんもどきなどを製造・販売している。

大桃豆腐代表で3代目の大桃伸夫さん
大桃豆腐代表で3代目の大桃伸夫さん

 できあがった商品から店頭に並べてシャッターを半分開け、昼過ぎにすべての商品がそろった時点でシャッターを全開にする。常連のお客さんが、半開きのシャッターの中をのぞき込んで、お目当ての商品を買っていくこともある。閉店の午後7時(祝日営業は午後5時)には、ほとんどの商品が売り切れる。

できた商品から売り場に並ぶ
できた商品から売り場に並ぶ

 大桃豆腐が使う原料は、国産大豆と粗製海水塩化マグネシウム(海水から塩作りの過程でできる液体、以下「にがり」)の2種類。シンプルだ。

 「權座」に使う大豆は茨城県の在来種だ。大桃さんは2007年ごろ、縁あって茨城県で畑を借り受け、有機栽培の大豆を栽培、収穫して豆腐を作っていた。ところが11年3月、東日本大震災の津波による福島第1原発事故が起き、流通などの混乱からその年の収穫を見送った。

 その時栽培していたのが、茨城県内の農家で代々受け継がれていた自家採種の大豆。大桃さんはその大豆の味が大好きで、自分が引き継いだ種を絶やしてはならないとの思いから、新たに栽培できる土地を探した。

 たどり着いたのが滋賀県近江八幡市。琵琶湖の東南岸近くにある内湖の一つ「西の湖」にある水田だ。地元では「權座」と呼ばれ、地元の人は舟で田んぼに通う。ここで引き継いだ大豆を育てることに決めた。そして、名前のなかった大豆を「權座」と名づけ、豆腐の商品名にもした。大震災の混乱が収まった今では、茨城県の畑でも大豆の栽培を再開している。

滋賀県で栽培されている大豆「權座」
滋賀県で栽培されている大豆「權座」

 にがりは、大豆の種類に合わせて2種類を使い分ける。海水の採取地、製塩の仕方でにがりの味は変わるからだ。ひとなめすると、苦みや塩辛さの違いが素人の私でもわかった。大桃さんはにがりと新しい豆腐作りへの意欲を次のように語る。

 「にがりは豆腐の調味料だと思います。どれを使うかで、仕上がりの味や固さが違います。今、気になる別のにがりを研究中で、新しい豆腐作りに生かしたい」

大桃さんが使う2種類のにがり。採取地や製塩の仕方で味が変わる
大桃さんが使う2種類のにがり。採取地や製塩の仕方で味が変わる

原料から製法まですべてを変えて作った豆腐

 大桃さんの家は、戦前の祖父の代から続く豆腐店だ。戦後に池袋に店を構えた。大桃さんは30歳まで北海道の高校で理科教員をしていたが、自分でものづくりをしたいという思いが募り、1995年に家業を継いだ。

大桃豆腐の作業場
大桃豆腐の作業場

 先代の父親の時代は、スーパーでは大手食品メーカーの豆腐が主流になっていた。大桃豆腐にも量産化の声がかかったが、父親はそれには応じず、近隣の飲食店に出向き、直接卸せる販売先とだけ取引していた。

 だが、取引先の近隣の飲食店の閉店が相次ぎ、大桃豆腐の経営状況も厳しくなった。また、父親は一般的な豆腐店と同様に、原料に輸入大豆や消泡剤、凝固剤を使っていた。

煮た大豆を何度もかき混ぜる
煮た大豆を何度もかき混ぜる

 「我が家の豆腐はおいしいと思っていましたが、販路の確保に苦労していました。そこで、近隣の豆腐店やデパートで全国の豆腐を購入して徹底的に食べ比べてみたところ、消泡剤を使わず、国産大豆とにがりだけで作られた埼玉県のある豆腐店の豆腐のおいしさに驚きました。シンプルな原料でおいしさを実現したいと思ったのです」

 大桃さんは、原料から製法まですべてを変えることを決意。周囲からは大反対されたという。それでも少しずつ消泡剤などの使用量を減らす試行錯誤を続け、大豆とにがりだけの豆腐作りを実現した。

豆乳を泡が立たないように型に流し込む
豆乳を泡が立たないように型に流し込む

誰でも安心して食べられる豆腐を作りたい

 消泡剤は食品添加物の一種で、多くの種類がある。どれも厚生労働省が成分の規格や使用基準を定めていて、危険なものではない。大量の大豆を短時間で均一に煮ることができ、なめらかな食感にできるメリットも大きい。消泡剤の種類によっては成分が豆腐の中に残らないものもある。それでも、大桃さんが消泡剤を使わないのには、あるきっかけがあった。

できあがった豆腐を丁寧にカットする
できあがった豆腐を丁寧にカットする

 ある時、同業の店で働く女性アルバイトに「なぜ豆腐作りという大変な仕事を選んだのか」と聞いた。彼女は「赤ちゃんの離乳食にもなるし、お年寄りも安心して食べられて栄養価も高い食材は他にありません。豆腐作りにかかわれるのがうれしい」と言った。

 「彼女の言葉に、ハッとさせられました。“とにかくおいしい豆腐を”思っていましたが、誰もが安心して食べられることが大切だと気づいたんです。食品添加物は安全かもしれませんが、昔は大豆とにがりだけでもおいしい豆腐ができていた。重労働で体には負担がかかりますが、なるべくシンプルなものだけで作りたいんです」

できあがった豆腐を水にさらす
できあがった豆腐を水にさらす

 大桃豆腐では、希少な大豆などを使うため原材料は決して安くないが、1丁230円と決して高くはない価格で販売している。

 「お客さんに毎日食べてもらいたい。少しくらい原料費が上がっても、販売価格には反映したくありません。近所の方に笑顔になってもらえればうれしいです」

 大桃さんは、豆腐を通して多くの人に「食」への興味を持ってもらいたいと考えている。これまでに大豆の収穫体験イベントなどを開催してきたが、最近では「一から学べるお豆腐作り体験」や、専門家を招いた「食のワークショップ」も行っている。

がんもどきは人気の商品の一つ
がんもどきは人気の商品の一つ

 豆腐生産の過程で大量に出るおからの一部を畑の肥料に、廃油をディーゼル車の燃料にするなど環境問題にも取り組む。各種のイベントは口コミで広がり、イベントはいつも満員の盛況だそうだ。

 「豆腐の珍しさではなく、“食を伝える豆腐屋”として、今までにない価値を作り、勝負していきたいですね」

手作業で湯葉をすくう
手作業で湯葉をすくう

 <「『この人、この土地』だから生み出せる一品」は、原則月1回お届けします>

経済プレミア・トップページはこちら

「日本一住みたい街」を目指す宮崎・こゆ財団の大戦略

1粒1000円「楊貴妃ライチ」ブランド化へ宮崎の挑戦

幻の果実へベスで感じる宮崎・日向「南国の夏と香り」

「シャンパンを楽しむように」炭酸入り中国茶飲料の至福

「雨の日が楽しみに」山梨・西桂の織りのオリジナル傘

自家製小麦と三浦野菜をつなぐ「魅惑のパン」

小高朋子さん紹介ページ

小高朋子

小高朋子

旅食ライター・カメラマン

1982年、神奈川県生まれ。アパレル業界、映像製作会社を経て、フリーランスに。持続可能なモノづくりの可能性を求めて各地を巡り、地域の食文化、工芸品、産業などを取材し、写真、映像も用いてその魅力を紹介している。現在、農業者向けのビジネススクール(オンラインアグリビジネススクール)にかかわり、各地の農業現場の取材を担当。旅と、おいしい食べものと日本酒が何よりも好き。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…