ベストセラーを歩く

美しくて壮絶な愛情をつづった直木賞「月の満ち欠け」

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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 直木賞を受賞した佐藤正午の「月の満ち欠け」(岩波書店)は不気味で、少し怖い長編小説だ。そして、多くの神秘的な物語がそうであるように、切なく悲しい。

 物語の中心にあるのは一つの恋愛である。20歳の大学生と7歳年上の人妻。2人は東京・高田馬場のレンタルビデオ店で知り合った。人妻の名は「瑠璃(るり)」。事故で死んでしまった彼女は月が満ちては欠けるように何度も生まれ変わっては、彼を探し求める。

 輪廻(りんね)転生を繰り返す「瑠璃」には、そのたびに新しい両親がおり、違う人間関係の中を生きることになる。それなのに現世に満足せず、前世(あるいは前々世)の恋人を求める姿は考えてみれば、壮絶だ。だからこの小説は、人を思い焦がれる魂の美しい遍歴を描いた作品とも、恋愛というものの傍若無人さ、凶暴さをつづった物語とも読める。

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。