思い邪なし

思い邪なし1 誓いの血判状(一)

北康利・作家
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序章 はじめにまず“思い”ありき

誓いの血判状(一)

──ともすれば人間は、自己中心的な発想に基づいた行動をしたり、つい謙虚さを忘れ、尊大な態度をとったりしてしまう。また、他人に対し、嫉妬心や恨みを抱いてしまうこともある。しかし、このような邪(よこしま)な心では、正しい判断はできない。「自分にとって」都合のよい判断ではなく、「人間にとって」普遍的に正しい判断を、私たちは心がけるべきなのである。今思い返してみると、経営の経験もない私が、このようなベーシックな倫理観、道徳律をもとにして経営を進めてきたことが、現在の成功をもたらしてくれたように思う。もし私になまじ経営の知識や経験があったなら、「人間として正しいかどうか」ということよりは、経験則や経営手法を基準に判断しただろうし、額に汗して働くよりは、楽をして儲けようとしていたかもしれない。そうであれば、現在の京セラは決してなかったはずだ。(稲盛和夫『人生と経営』)

 年の暮れと言えば、慌ただしい中にも一種華やいだ気持ちになるものだ。

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北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。