戦国武将の危機管理

「家康暗殺計画の黒幕」と疑われた前田利長の“選択”

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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 豊臣秀吉が亡くなった翌年の慶長4(1599)年閏3月3日、五大老の一人だった前田利家が没し、五大老の地位はそのまま子の利長が引きついでいる。しかし、年齢といい、キャリアといい、利家と利長では開きがあり、このあと五大老筆頭の徳川家康の独走を許す結果となる。家康も利家には一目置いていたが、利長に遠慮する必要はなかったのである。

 その年夏、五大老だった上杉景勝と利長は大坂・伏見を離れ、それぞれの領国にもどっていたが、9月9日の…

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com