アンドラ・ラ・ベリャの中心部に建つスパリゾート施設カルデア(写真は筆者撮影)
アンドラ・ラ・ベリャの中心部に建つスパリゾート施設カルデア(写真は筆者撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

無国籍なスキーリゾートのアンドラは欧州の未来か

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

アンドラ公国(2)

 ピレネー山脈の奥深く、急峻(きゅうしゅん)な地でスペインとフランスに挟まれて生きるアンドラ公国。公用語はカタルーニャ語。何を糧に生きていこうとしているのか。歴史を知り、街中を見れば、その考えを読み取ることができる。人口8万人弱の小国のリポート第2回。

観光で地元らしさを前面に出す欧州で勝てるのか

 南フランスのトゥールーズからバスで3時間弱。雪のピレネー山脈を越えて着いたアンドラは、「国中がスキーリゾート&免税品店街」のような状況だった。人口2万人の首都アンドラ・ラ・ベリャが、小さなコンクリートジャングルと化していることに悲しみを覚えつつ、短い乗り換え時間の間に本来のアンドラの姿を探す。

 2015年3月2日の昼。標高1000メートルを超えるアンドラ・ラ・ベリャは薄曇りだったが、この年は暖冬で、街角の温度計はセ氏21度を表示していた。そのせいでもあるまいが、月曜日だからだろうか、町を歩く観光客は少なめだ。

免税品国家・アンドラを象徴する首都の商店街。月曜日だったからか人出は少なかった
免税品国家・アンドラを象徴する首都の商店街。月曜日だったからか人出は少なかった

 同じ欧州でも、ツェルマットのようなスイスの山岳リゾートであれば、家々はベランダに花を飾り、州の旗や村の旗が各所に色とりどりに掲げられ、店が扱うのは時計やアーミーナイフ、畜産加工品などスイス製品が中心だ。レストランは今更ながらチーズフォンデュを出すし、一歩裏の牧草地にはヤギがいる。要するにどこを取ってもスイスらしい。

 これに対してアンドラ・ラ・ベリャは、無国籍感を漂わせるコンクリート建築物が密集した町だった。売っているのも家電製品などが中心で、レストランの看板にも郷土料理の表示がない。このように「アンドラらしさ」の演出が弱すぎる現状では、国々町々が地元らしさを競い合う欧州の観光界で、高収益の市場を確保するのは難しいだろう。

建物のスカイラインがそろっているのは奇麗だが山国の風情は乏しい
建物のスカイラインがそろっているのは奇麗だが山国の風情は乏しい

 実際問題、空き店舗も目立つ。アパート(日本でいうリゾートマンション)も林立していたが、多くは生活感が感じられず、空き部屋が少なくないのではないか。2008年のリーマン・ショック前の過剰投資が重荷となっているように見えた。

街外れにあった小さな「アンドラらしさ」

 だが、高度成長期に生を受け、リゾート法の狂乱期に地域活性化の仕事を始めた筆者にはよくわかる。これは、「山のかなたのドへき地・アンドラ」という下界からの見方をはね返したいと願った、コンプレックスは強く見聞は狭くセンスの良くない地元高齢者が、バブルマネーを得、思いのままに都会を目指した残念な結果なのだろうということを。

電気製品の安売りが売り物だが「それでいいのか?」
電気製品の安売りが売り物だが「それでいいのか?」

 実際には、首都の街中を離れた山間各所にはロマネスク様式の教会が数多く残り、ハイキング道もいろいろ整備されているようだ。それらを探訪する時間もなく去ったのは心残りだったが、町外れの一角にわずかに残った牧草地で数頭の羊の親子を見つけた時には、本来のアンドラの姿が目の前によみがえった気がした。

 アンドラの人々は、この険しい傾斜地しかない国で、数千年以上も羊やヤギを飼って必死に生き抜いてきたのだと。そのことを誇りに思う世代が現れ、その伝統を踏まえた街並みを再建し、当地ならではの物産を取りそろえる日は来るのだろうか。

平地があるところはスペインのもの

 バルセロナ行きのバスに乗り、またまた険しい峡谷を下っていく。30分弱でスペイン国境に設けられたゲートを抜ける。自家用車はここでトランクの中などの検査を受けるが、バスはフリーパスだ。

リーマン・ショックの傷は癒えていないよう。テナントが入らないビルも
リーマン・ショックの傷は癒えていないよう。テナントが入らないビルも

 引き続いて同じ川沿いの谷間を走るのだが、国境を越えたとたんにときどき車窓に平地が現れるようになったのは印象的だった。平地が少しでもあるところまではスペイン、平地がなくなり生産力が著しく落ちた先がアンドラ、という違いが歴然だったのである。

 アンドラはもともと、カタルーニャはラ・セウ・ドゥルジェイの町に置かれたウルジェイ司教区の領地の一部だった。中世日本にも、各所に寺社領の荘園のあったことが連想される。

 だがやがて地元の貴族が、その中の一部の谷の統治権を有するようになり、数百年が経過する間にその統治権が、姻戚関係を通じて山のかなたの南フランスの貴族に相続された。係争が起き、スペイン側の司教とフランス側の貴族が共同してアンドラ公となることで決着した。

町はずれに羊のいる牧草地がほんの少しだけあった
町はずれに羊のいる牧草地がほんの少しだけあった

 その後フランスでもスペインでも、王権が強まって中央集権化が進み、貴族や教会は領地の統治権を手放していくことになる。フランス側の統治権は、革命を経て大統領に移管された。

公用語はずっとカタルーニャ語だった

 そもそもピレネー山脈周辺では、インド・アーリア系言語とはまったく文法構造の違うバスク語や、古典ラテン語からそれぞれ分かれたカタルーニャ語、オック語(フランス側)などが話されていたのだが、それらの話者も、スペイン国民ないしフランス国民とされてしまった。

アンドラもスイスのように羊やヤギのいる本来の暮らしを売り物にした方がいいのではないか?
アンドラもスイスのように羊やヤギのいる本来の暮らしを売り物にした方がいいのではないか?

 だがそれでもアンドラは、スペイン側の司教とフランス大統領が共同統治したまま、現代まで存続した。フランコ独裁時代のスペインではカタルーニャ語の使用が禁圧されたが、アンドラではカタルーニャ語が公用語であり続けた。

 最大の理由はもちろん、2大国の境界にあって、両方に属する特殊な場所であったことだろう。ドイツとフランスの緩衝地帯としてルクセンブルクが、イタリアとフランスの緩衝地帯としてモナコが存続したのと、やや事情は似ている。

 だがその両者と違うのは、当地が交通の要路でもなければ鉱山も農地もない、人煙まれな山村だったことだ。2大勢力が取り合って緩衝地帯になったのではなく、古い取り決めをほごにしてまで独占するメリットがないゆえに、放置されていたというのが実態ではないか。欧州全域で既得権を破壊し弟をスペイン王につけたナポレオンも、フランスを制圧したナチスドイツも、アンドラの法的地位はいじらなかった。現在でも、特に誰に狙われる土地でもないので、この国に軍隊はない。

山深いアンドラからスペインに出ると、山の木は減ったが平地も現れるように
山深いアンドラからスペインに出ると、山の木は減ったが平地も現れるように

仏の保護国を脱し議会を持ったのは1993年

 そのようなアンドラがフランスの保護国の地位を脱して独立し、議会を持ったのは、つい最近の1993年である。だがその後の免税観光地化に伴って多くの外国人が居住するようになり、今では4割近くがスペイン国籍で、アンドラ国籍は住民の3分の1強に過ぎない。経済発展で、昔ながらの牧畜従事者もごくわずかとなった。

 独立とともに国民国家的アイデンティティーが薄れ始めたのは、皮肉か、文明的必然なのか。突き動かされるように、無国籍で気安いリゾートの道をひた走るその姿は、実は欧州の未来の一つの形を先取りしていたりするのだろうか。(アンドラ公国編、終わり)

 <次回「藻谷氏が体感した700系「台湾新幹線」の使い勝手」>

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」は毎週月曜日の更新です。次回はアジアの新幹線乗り比べ・台湾編>

【第1回 アンドラ公国 ピレネー山脈の急峻な地に生きる知恵

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藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

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