社会・カルチャー戦国武将の危機管理

「由井→滝山→八王子」居城を移した北条氏照の狙い

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 北条氏照は北条氏康の三男で、天文9(1540)年の生まれである。氏康の養子送りこみ戦略の駒として、武蔵国由井(ゆい)城(東京都八王子市)の城主大石源左衛門綱周(つなちか)の婿養子となり、はじめ大石を名乗り、やがて北条を名乗っている。

 永禄3(1560)年12月、上杉謙信は先鋒(せんぽう)を相模に攻めこませた。そのときの由井城の城主は氏照であったが、上杉軍を防ぐことはできず、謙信は翌年2月に鎌倉入りをし、ついに3月13日からは北条氏の本拠小田原城を包囲している。

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com