思い邪なし

思い邪なし41 最初の受験失敗(四)

北康利・作家
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最初の受験失敗(四)

 そのうち空襲警報が頻繁に鳴りはじめる。

 兼雄叔父はすでに死を覚悟して達観しており、

 「病気をうつしてはいけないから防空壕(ごう)には入らない。自分のことは構わなくていいから」

 と話し、空襲警報が鳴っても身じろぎ一つしなかった。

 だが和夫はそうはいかない。空襲警報が鳴るたび病床で寝たままゲートルを巻き、なんとか立ち上がって防空壕に潜り込んだ。

 稲盛家の防空壕は、中で立っていられる深さに掘り込んであり、支柱や階段もついた頑丈なものだったが、時間の余裕のあるときには、甲突川の向こう側の新照院町にある大規模な防空壕まで歩いていった。そんな慌(あわただ)しい中、受験失敗から一年が経(た)ち、昭和二十年(一九四五年)春、再び鹿児島一中に挑戦する時が巡ってきた。

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北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。