
文庫本のベストセラーの上位にカズオ・イシグロの作品が多く入っている。ノーベル文学賞の受賞が決まってからの現象で、単なるブームというより、もっと根強いものがあるような気がする。
つまり、日本の質のいい文学読者(かなりの人数がいる)がイシグロという作家に出会った印象を受けるのだ。もちろん、イシグロはメジャーな日系英国人作家で、すでに読書家から注目されていた。しかし、受賞をきっかけにこれまで縁が遠かった文学好きが手に取り、その魅力に夢中になっている表れのように思えるのだ。
イシグロの小説の面白さは、ブッカー賞を受賞した出世作「日の名残り」(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)を読み始めれば、すぐに実感できるだろう。とにかく物語の愉悦とでも呼ぶべき楽しみにあふれていて、途中で中断すると、続きが読みたくて仕方ない。
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重里徹也
文芸評論家、聖徳大教授
1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。