思い邪なし

思い邪なし52 鹿児島大学時代(二)

北康利・作家
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鹿児島大学時代(二)

 戦争のドタバタで稲盛の結核はどこかに吹き飛んでしまったが、代わって昭和二十七年(一九五二年)、今度はキミにその疑いが出た。大学二年の時のことだった。

 三十七度二、三分の微熱が続き、食欲を失い、しだいにやせていく。キミは結核に違いないと確信していた。

 実際、検査を受けると鎖骨の下に影があると指摘され(後に誤診であることが分かる)、抗生物質を処方された。

 この頃にはすでに抗生物質は庶民の手の届くところまで来ており、結核による死亡率は急速に低下していた。

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北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。