スキル・キャリアミスを見逃さない校閲の技術

「光よりも速く星から飛び出す」間違いがわかります?

毎日新聞校閲グループ

 2015年10月、梶田隆章さんのノーベル物理学賞受賞が決まり、素粒子ニュートリノに質量があることを実証したという業績について説明する記事が載りました。

 <太陽よりも巨大な星は死ぬと超新星爆発を起こす。爆発で放出されるニュートリノは光よりも速く星から飛び出す>

 翌日「『光よりも速く』などとあるのは『光よりも早く』の誤りでした」という訂正記事が載ってしまいました。

 光よりも速いスピードで飛ぶのではなく、光よりも先に飛び出す、つまり光よりも「早く」飛び出すという意味で書かれた文でした。「早い」でなければ、光よりも速いものがこの世に存在することになってしまうのです。

部下を「いさめ」はしない

 校閲として、直しを入れる頻度の高いものがあります。いくつかご紹介しましょう。

 ・いさめる

 厳しく注意するようなとき、親から子であろうが先生から生徒であろうが、強そうな語感からか「いさめる」を使った文を見かけます。

 本来は「忠臣が主君をいさめる」というように、目下の者が目上に忠告することです。立場が逆ならば、例えば「息子をたしなめる」「生徒に……と言って諭す」「弟子を戒める」のように直し方はいろいろあります。

 ・べき「だ」

 「『丁寧に議論すべき』と強調した」と書かれていれば、校閲は「……議論すべきだ」のように直します。「べき」は「べし」の連体形で、終止形ではありません。「べし」ならよいのですが、文語になってしまいますから、新聞ではそれも避けて、「べきだ」「べきである」にします。頻出するため、毎日のように何かしらの原稿で直しています。

 ・過半数を超える

 「過」がすでに超過することを意味しますから、さらに「超える」ではおかしいということになります。「過」を削除すれば簡単に解決するのですが、選挙の記事でいつも悩まされます。

 議会では採決などの際、議席が半数であることと、半数より一つでも多い過半数であることの差は大きく、「過半数」という言葉が欲しいことが多いからです。場面に応じて「過半数に達した」「半数を大きく上回る」などと工夫しなければなりません。

「追撃」の意味は

 ・追撃

 「終盤、2本塁打などで追撃したが、逃げ切られた」「2社の提携で、業界最大手を追撃する」など、原稿によく見かけます。しかし、「敗走する敵・劣勢にある敵を追いかけてさらに攻めること」が本来の意味です。どちらの例も、相手が負けたわけではないので「終盤、2本塁打などで追い上げたが、逃げ切られた」「2社の提携で、業界大手を猛追する」のように直します。

 「優勢なほうを追い落とそうとすること」(三省堂国語辞典)という新しい語釈を加える辞書も出てきており、スポーツ紙などでは容認しているところもあるようですが、毎日新聞としては今のところ本来の使い方に限定するようにしています。

 <この連載は、書籍「校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術」(毎日新聞校閲グループ)の内容の一部をウェブ用に編集し直したものです。毎週木曜日に掲載します>

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毎日新聞校閲グループ

毎日新聞校閲グループ

毎日新聞は東京に40人余り、大阪に30人余りの校閲記者がいる。原則として広告などを除く全紙面について記事のチェックをしており、いわば新聞の「品質管理部門」。書籍などと比べてかなり短時間で仕事をこなさなければならないのがつらいところ。朝刊の校閲作業は深夜になるため生活は「夜型」である。

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