思い邪なし

思い邪なし70 一回目の辞職願(一)

北康利・作家
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第二章 京セラ設立

一回目の辞職願(一)

 昭和三十三年(一九五八年)の春、稲盛はいろいろと迷ったあげく会社を辞めることを決意し、辞表を提出したが、工場長に一日がかりで説得され“辞められなく”なる。

 彼の手紙を元に再現すれば、この時の工場長の言葉は次のようなものだったという。

 「今君に辞められたら特殊磁器部門は閉鎖になるだろう。そうなれば君を頼りに集まった二十数名の社員や設備はどうなる。君の将来とこのことを引き替えには出来ないかも知れないが、君ならどんな立派な会社でも行けるだろう。会社を助けると思って、いや僕の片腕がなくならないように是非思いとどまってくれ。寮が不満なら僕の家に住んでもらっていい。僕がいる間は責任を持つから。会社がこれ以上悪くなっても、君ならどこでもよい会社に入れると思うから」

 一旦辞表を出したが翻意をした旨、利則に詳しく報告した。母キミ宛てのものなど四通が昭和三十三年五月十…

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北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。