リチウムを生産する豊田通商の合弁工場の人工湖。ここで約1年かけて濃縮される=アルゼンチン北部フフイで2018年3月、清水憲司撮影
リチウムを生産する豊田通商の合弁工場の人工湖。ここで約1年かけて濃縮される=アルゼンチン北部フフイで2018年3月、清水憲司撮影

グローバル海外特派員リポート

アンデス山脈で展開される「天空のリチウム争奪戦」

清水憲司 / 毎日新聞北米総局特派員(ワシントン)

リチウム・トライアングル(1)

 南米アルゼンチンとチリ、ボリビアの国境地帯は「リチウム・トライアングル」と呼ばれ、近年、急速にリチウム生産に伴う開発が進んでいる。チリや米国、豪州、日本が開発の主なプレーヤーだったが、ここに来て存在感を増すのは中国だ。中国は日米欧から自動車産業の主導権を奪おうと電気自動車(EV)シフトを国家戦略に掲げ、リチウムを買いあさっている。アンデス山中で展開される「天空のリチウム争奪戦」を取材した。

標高4000メートルの塩湖

 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから飛行機で2時間。ふもとのフフイ市から標高4000メートルの目的地に向けて車で山道を登っていくと、森林からサボテンがまばらに生える風景に変わり、やがて立ち木が消えて家畜のリャマが放牧される草原地帯になる。標高が上がるにつれ、ふもとで買ったポテトチップスの袋はパンパンに膨らんだ。

 大手商社、豊田通商と豪州企業の合弁工場に4時間かけてたどり着くと、そこには真っ青な湖が広がっていた。

リチウムを生産する豊田通商の合弁工場の人工湖=2018年3月、清水憲司撮影
リチウムを生産する豊田通商の合弁工場の人工湖=2018年3月、清水憲司撮影

 「ここは雲の上。晴天が多く、リチウム生産に最適なんです」。駐在員の井口健太さん(36)が出迎えてくれた。井口さんのアドバイス通り、体内の酸素をあまり使わないようになるべくゆっくり歩くが、すぐに息が切れ、ずきずきと頭痛がしてきた。酸素吸入を受けてから工場の説明を受けることになった。

リチウムイオン電池の原材料に

 リチウムはレアメタル(希少金属)のひとつで、通常の鉱物のように鉱山から掘り出す方法もあるが、ここでは大阪市ほどの大きさの塩湖からリチウムを豊富に含む地下水をくみ上げ、段々畑のように連なる18個の人工湖で、約1年間、天日干しにする。

 乾燥した気候を利用して濃縮された地下水は乾燥工程を経て粉末にされ、アジアや米国に出荷される。リチウムイオン電池や磁器などの原材料になるが、リチウムイオン電池向けは特に高い純度が求められ、特別な工程が施される。

豊田通商の合弁工場で生産されたリチウムの粉末。アジアや米国に輸出される=2018年3月、清水憲司撮影
豊田通商の合弁工場で生産されたリチウムの粉末。アジアや米国に輸出される=2018年3月、清水憲司撮影

 リチウム価格は過去2年半で約2倍に急上昇した。価格上昇と需要の増加を受け、豊田通商は増産を計画中だ。ほかの塩湖でも開発計画が持ち上がっているという。

リチウム5大メジャーの2社が中国勢

 中国勢は近年の積極的な買収・出資戦略で、リチウム5大メジャーのうち2社を占めるまでに成長した。豊田通商の工場の近隣でも、中国企業が工場を建設中だ。中国大手ガンフェンと合弁事業を進めるカナダ企業インターナショナル・リチウム創業者のキリル・クリップ氏は「リチウム争奪戦が始まった。その中心にいるのは中国だ」と言い切る。

 地元のアルゼンチン・フフイ州政府によると、主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が首都ブエノスアイレスで開催される11月に、中国企業が開発中の巨大太陽光発電所の落成式に出席するため、習近平・国家主席がフフイまで足を延ばすという。

 モラレス州知事は「中国がトップランナーだ。すべての投資案件は中国の大使館を通じて持ち込まれる。リチウムへの投資は中国政府の判断だ」と話す。

アルゼンチン北部フフイ州のモラレス州知事=2018年3月、清水憲司撮影
アルゼンチン北部フフイ州のモラレス州知事=2018年3月、清水憲司撮影

中国政府系の銀行が自国企業に低利融資

 中国政府系の銀行が自国企業に低利融資し、アルゼンチンでの事業展開を支援する。アルゼンチンは年内に中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟する予定で、そうなれば中国勢は一段と勢いを増すだろう。

 リチウムイオン電池の高性能化や普及によって変わるのは、自動車業界だけではない。大量生産で安価な蓄電池を手に入れられれば、太陽光や風力など再生可能エネルギーの普及にも弾みがつく。官民一体で突き進む中国は、リチウムの獲得を通じて世界の産業・エネルギー地図を書き換えようとしている。

 <次回「アンデスの「リチウム塩湖」に中国が触手を伸ばす理由」。「海外特派員リポート」は原則、土曜日に更新します>

経済プレミア最新記事へ

米南部ロケットシティーに根づくトヨタ流“地域密着”

米国で続々受注 NEXCO西日本の“技術プラスα”

復活途上のデトロイトっ子が案じる“大減税の副作用”

米メキシコ国境で見た“米NAFTA離脱”の影響度

大きさだけが注目される“トランプ大減税”の落とし穴

清水憲司

清水憲司

毎日新聞北米総局特派員(ワシントン)

1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を経て99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て2004年経済部に移り、流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当し、東日本大震災後には特別報道グループで核燃料サイクル政策も取材した。14年北米総局の特派員となり、米国経済の動向や企業取材を担当している。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…