ケーブルカー終点付近から見下ろしたウェリントン市街(写真は筆者撮影)
ケーブルカー終点付近から見下ろしたウェリントン市街(写真は筆者撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

ニュージーランド 世界で最も遠く離れた先進国

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

ニュージーランド編(1)

 産業の国際競争力も、生活水準も、非常に高い。しかしいかんせん、世界の他の場所からあまりに離れて孤立している。テロも暴力も戦争の危険も及んでいないが、住んでいればたまには、遠い他国の大都会の混沌(こんとん)の雑踏に身を投じたくもなってくる。そんな国はどこかといえばニュージーランドだろう。人口希薄なこの国の、観光地としては南島よりも陰の薄い北島を縦断しつつ、斜め下(上?)から眺めた地球。

欧米から遠く離れたニュージーランド

 2015年5月中旬。その前年のこの時期のラオス訪問で、単身での海外旅行を再開した筆者は、その1年後にニュージ-ランドを行き先に選んだ。氷河に削られた南島の大自然の景観にも心ひかれたが、自然以上に人間の生態系に興味のある身として、北島の北端にある最大都市オークランドを訪れないわけにもいかない。日数の制約もあり結局、首都ウェリントンからオークランドへ、北島内を縦断することにした。

 日本で考えれば、ニュージーランドと豪州は近隣同士に思える。そこで筆者は、帰路に豪州にも1泊してみようと考え、豪州ではニュージーランドに一番近いシドニーを経由することにした。そこで初めて知ったのだが、ニュージ-ランドからシドニーへは、対岸といっても飛行機で3時間半かかる。福岡から上海まで1時間半というのに比べて、いかにニュージーランドが豪州から遠いかがわかろうというものだ。

都心で帰宅のバスを待つ通勤者。街は小さいが公共交通網は充実している
都心で帰宅のバスを待つ通勤者。街は小さいが公共交通網は充実している

 ニュージーランドから東京やロサンゼルスまで、それぞれ11時間というのは、意外に近い感じがする。だがロンドンはちょうど地球の反対側で、最速で24時間以上必要だ。シンガポールやチリのサンティアゴへ、日本へと同じく11時間かかるというのも驚きだった。何となく近そうに思っていたが、まったくの勘違いである。

西洋化は19世紀の英国人入植から

 そんなニュージーランドの、歴史的孤立は日本の比ではない。9世紀ごろ、2000キロメートル以上離れたポリネシアからマオリ人が渡ってくる(本当によく渡ってきたものだ)までは、無人島だった。

 17世紀に到達したオランダ人は、母国の「ゼーランド」(英語ならシーランド)にちなむ名前を付けただけで定住せず、西洋化は19世紀の英国人入植からである。彼らがイヌ、ネコ、ネズミ、シカなどを持ち込むまでは、人間以外の哺乳類は、コウモリとクジラ類しかいなかった。その結果、キウイのような飛べない鳥が多種進化したのだという。

ウェリントン駅の16時台。北方向に行く通勤列車が次々と発車する
ウェリントン駅の16時台。北方向に行く通勤列車が次々と発車する

 米国人が「ヤンキー」、豪州人が「オージー」なのに対し、ニュージーランド人は可愛らしく「キウイ」と呼ばれるが、彼ら自身が自国の特殊な生態系を愛し大事にしている気持ちが、この自称に表れているともいえよう。

世界最南端の首都ウェリントン

 さて昼下がりに、小さなウェリントン国際空港に着くと、入国審査で「何しに来たのか」「どういう日程か」をかなり詳しく聞かれた。筆者が不法移民候補に見えたわけでもなかろうが、係官の丁寧だが硬い態度に、日本と同じ島国的バリアーを感じる。

ウェリントン駅の正面は港。北島最南端の当地はクック海峡を渡って南島に向かう乗り換え口
ウェリントン駅の正面は港。北島最南端の当地はクック海峡を渡って南島に向かう乗り換え口

 おまけに客をランダムに選んで行う荷物検査にも当たってしまい、これまたたいへん感じのいい係官が、しかしみっちり時間をかけて、隅々までチェックするのだった。だが日本と同じで、入ってしまえば治安の極めていい平和な国であり、人々は大人しいし敵意はない。

 空港の外に出ると、ところどころ晴れ間も見えるものの、どんよりとして肌寒かった。南半球の5月は北半球だと11月であり、南緯41度の当地の位置は日本でいえば青森市に当たるので、無理もない。ここより南の有人地域は、真横のクック海峡を渡った先の南島のほかは、豪州のタスマニアと南米のパタゴニアだけだ。人々も厚着している。しかし木のほとんどは緑で、青森にあるような美しい紅葉は目立たない。植生も他の場所とは相当に違うのだろう。

市街地側のケーブルカー乗り場。数少ない観光の目玉だが市民の日常の足でもある
市街地側のケーブルカー乗り場。数少ない観光の目玉だが市民の日常の足でもある

もしここに住んだらどのような生活か

 ウェリントン中心部までは空港バスで20分ほどだ。市街地は岬と湾が複雑に入り組んだ上に形成されていて、背後の丘の上には瀟洒(しょうしゃ)な木造住宅が並ぶ。国内3番目の都会だが都市圏人口は45万人で、日本でいえば中くらいの県庁所在地の規模だ。繁華街も小ぶりで、午後4時過ぎの街頭には早くも駅へと家路を急ぐ通勤者が目立った。住民の多くは北方向の郊外に住んでおり、複数の方面を市街地と結ぶ、地球最南端の通勤電車網が機能しているのだ。

ケーブルカーで上がった丘の上には瀟洒(しょうしゃ)な住宅が並んでいた
ケーブルカーで上がった丘の上には瀟洒(しょうしゃ)な住宅が並んでいた

 市街地内ではトロリーバスが活躍しているほか、商店街の真ん中から西の丘に上がるケーブルカーもある。乗ってみると前半は地下トンネルで、後半は港を見下ろす美しい景色が楽しめた。住宅はおしゃれな外観のものばかりで、1人当たりGDP(国内総生産)が日本を上回る国であるというのもうなずける。

 植物園の中を歩いて街なかに戻りながら、例えば、ニュージーランド政府職員としてここに住む生活というのはどんなものか考えてみる。住環境も自然環境も申し分ない。ニュージーランド政府は、世界で最初に女性の選挙権を認め、筆者訪問の2年前の13年には同性婚も認められるなどリベラルな体質だ。合理的かつ人権重視のお国柄で残業もなさそうだ。権力者にそんたくして公文書改ざんをやらされるといったリスクもないだろう。

ウェリントン駅構内のミニスーパー。大型スーパーでも同じだったが野菜や果物の種類が意外に限られる
ウェリントン駅構内のミニスーパー。大型スーパーでも同じだったが野菜や果物の種類が意外に限られる

スーパーで気付いた食材の乏しさ

 そう思いながら繁華街のスーパーマーケットに入ってみて、「あれっ?」と思った。並んでいる生鮮食品の種類が、明らかに少ない。食料をほぼ生産しないシンガポールだと、あらゆる種類の野菜や果物、肉や魚が棚を埋めているが、世界有数の食料輸出国の当国に住むと逆に、日々の食材の選択肢が大きく限られることになるのかもしれない。

 その夜にレストランでいただいた羊のグリルは、臭いもなく軟らかくて、たいへん美味だった。しかしスーパーで、パッと見ではあったが、並んでいた肉が羊中心で種類も限られていたことを、改めて思い起こす。

羊肉のグリルは軟らかくて滋味があり秀逸な出来栄え
羊肉のグリルは軟らかくて滋味があり秀逸な出来栄え

 翌日、ウェリントンから最大都市オークランドまで、11時間かけて鉄道で北島を縦断しながら、この特殊な国の、特殊な経済環境について、いろいろ思いを巡らせたのである。(次回「NZ北島を観光特急で縦断 11時間の旅で見えたもの」)

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

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藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

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