ベストセラーを歩く

ありふれた定年後の夫婦に迫る危機 井上荒野の長編

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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 オレオレ詐欺(振り込め詐欺)の被害が、いつまでも後を絶たない。これはいくつかのことの顕著な表れだと思う。

 たとえば、お金にある程度余裕のあるお年寄りが少なくないこと。そのお年寄りは「家族」を大切に思っていること。そして、人のいい高齢者からお金をだましとろうとする若者や中年男が一定数いること。

 考えてみれば、これは現代の日本社会をよく示している事象といえるだろう。日本経済が好調な時にまじめに働き、それなりの貯金もできた世代が今や老齢を迎えている。家族は解体の危機に直面しているが、年配者は家族への幻想を捨てきれない。一方で格差が広がり、若年層の一部に社会への不満やモラルの低下が広がっているらしい。

 こういった状況に見事に切り込んだのが井上荒野の長編小説「その話は今日はやめておきましょう」(毎日新…

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。